大相撲の世界には、いろいろな隠語がある。「注射」は八百長、「金星」は美人、「北向き」は変人、「首投げ」は性行為、「お米」はおカネ……等々。

 

 

 日本ではプロレスの創始者が力士出身の力道山ということもあり、プロレスの世界にも大相撲由来の隠語が入ってきた。

 

 しかし、「セメント」はプロレス独自のものではないか。セメントとは言うまでもなくコンクリートをつくるための材料である。石灰石や粘土が、その原料となっている。「ガチガチ」に凝り固まった試合――。そう解釈すればイメージも湧くのではないか。

 

 米国などでは「セメント」のことを「シュート」と呼ぶ。ピストルの引き金を引く真似をする者もいる。要するに「容赦しないぞ」ということだ。危険を伴う技をためらわずに相手にかけるため、遺恨を生むこともある。

 

 さる1月12日、「ケンドー・ナガサキ」のリングネームで知られる桜田一男さんが亡くなった。まだ71歳だった。

 

 桜田さんは1970年代後半から、80年代にかけてヒールとして米国、カナダ、プエルトリコなどのリングを荒らし回った。

 

 身長188センチと日本人としては大柄で、落ち武者スタイルでリングに登場し、ラフファイトを得意としていた。

 

 桜田さんにはヒールとは別の、もうひとつの顔があった。それは「セメントの鬼」というものである。多くのレスラーが、それを認めていた。

 

 後輩の大仁田厚は訃報に接し、自身のツイッターで次のような追悼のメッセージを送った。

 

<俺の全日本プロレス時代に練習でしごかれた先輩であり、レスラーは素人になめられたらあかんのや! が口癖だった。パイプ椅子で殴られたら死ぬほど痛かっただからどんな時にも耐えられた気がします>

 

 米国やプエルトリコでは観客からケンカを売られることも珍しくなかったという。そこでたるんでいては商売上がったりだ。己の腕のみを頼りにプロレス渡世を生き抜いたバイプレーヤーが、静かに消えた。合掌。

 

<この原稿は『週刊大衆』2020年2月3日号に掲載されたものです>

 


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