苦渋の決断だったに違いない。

 

 

 日本相撲協会は令和2年3月場所を「無観客」で開催した。

「2月26日の政府要請を踏まえ、また社会全体で新型コロナウイルス感染症の拡大を防いでいることを勘案し、このような判断とさせていただいた」

 

 そう説明する八角理事長の表情は、終始硬かった。

 

 大相撲より一足早く、Jリーグは3月15日までの公式戦全94試合の延期を決定した。(※注 のちに4月3日までの延期を発表)

 

 記者会見の席で、村井満チェアマンは「ある種の国難」と語った。

 

 新型コロナウイルスの感染拡大が「国難」である以上、「国技」を自認する大相撲が通常通りに開催するわけにはいかない。

 

 この時点で八角理事長の手札は「中止」か「無観客」の2つしかなかったと考えられる。

 

 スポニチ紙(3月2日付け)によると、一部からは「中止」という意見も出たが、最終的には、八角理事長の責任で「3月場所を楽しみにしているファン、全国のファンのために開催することを決めた」という。

 

 これを受け、横綱・白鵬は「こういうかたちで相撲を取るのは初めて。想像できない」と声を落とした。

 

 ひとまず無観客での開催が決まったからといって、無事に千秋楽を迎えられる保証はどこにもなかった。

 

 力士の中に感染者が出た場合は即刻、中止となる。また体温が37度5分を超える力士は出場させない方針だ。

 

 力士は集団生活が基本だ。感染リスクは他の競技よりも、はるかに高い。

 

 もし700人近くいる力士から、ひとりでも感染者が出現したら……。それは、もう悪夢としか言いようがない。

 

 同じ部屋の力士はもちろん、他の部屋の力士、行司、呼出し、床山、世話人なども「濃厚接触者」と見なされ、塁が及びかねない。

 

 ある元力士が心配そうに、こう語った。

「相撲は裸と裸とぶつかり合い。ウイルスの感染を気にしていたら稽古だってできませんよ。また付き人が、”ちょっと体調が悪いから”なんて仕事を休んでいたら、部屋が回らなくなる。この騒動が落ち着くまでは、安心して生活もできない。多くの力士が不安を抱えながら生活していると思います」

 

 協会は3月場所を無観客とすることにより、10億円以上の収入がパァとなる。飲食やグッズ収入を含めれば、逸失利益は、こんなものでは済まないだろう。

 

 確実に見込める収入はNHKからの4億円(1場所の放送権)。年間売上120億円規模の相撲協会にとって、放映権収入は貴重な財源である。

 

 協会が今後、力を入れるべきは感染症対策だろう。新型コロナが去っても、また次のウイルスが侵入してこないとは限らない。集団生活を基本とする力士のリスクについては先に述べたが、年3場所を開催する国技館のます席は、4人も座ればすし詰め状態だ。

 

 観戦者を、どうウイルスから守るか。それについても議論を始める時期に来たように思う。

 

<この原稿は『サンデー毎日』2020年3月22日号に掲載されたもの一部再構成しました>

 


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