重い告白だった。「会う人ごとに“金メダルを期待します”と言われ、これまで感じたことのないプレッシャーを感じてしまった。自分は何ひとつ変わっていないのに、周りの私を見る目が変わってしまった。それを受けて私の方も“走りたい”から“走らないといけない”と責任をひとりで抱え込むようになってしまった。自分を見失ってしまったんです」

 

 言葉の主は小鴨由水。1992年バルセロナ五輪女子マラソンで29位と惨敗。第一線からも消えた。

 

 五輪の半年前に行われた大阪国際女子。マラソン初挑戦の小鴨はカトリン・ドーレ、ロレーン・モラーといった世界的なランナーを尻目に快走し、42.195キロをぶっちぎった。20歳が叩き出した2時間26分26秒は日本最高であると同時に初マラソン世界記録。シンデレラガール。一躍、時の人となった。そこから五輪までの苦悩は、冒頭の告白に尽くされている。

 

 久しぶりに「シンデレラガール」というフレーズを耳にした。名古屋ウィメンズで東京五輪への最後の切符をゲットした一山麻緒だ。30キロからのスパートは躍動感に充ちていた。

 

 小鴨と一山を同様に論じる気はさらさらない。ビギナーズラックの小鴨に対し、一山は4回目。経験値も違えば指導者も違う。しかし、元祖シンデレラの失敗から学ぶことは多々あるのではないか、とは思う。危険なのは「今回は違う」という発想に陥ることだ。

 

 世界の金融危機の歴史をひもといた名著がある。「国家は破綻する」(カーメン・M・ラインハート&ケネス・S・ロゴフ著・日経BP社)。なぜ、かくも人間は同じ失敗を繰り返すのか。その心理的メカニズムとして、非成功者には過去の失敗者との類似性や共通性を指摘されることを嫌う傾向が強いというのだ。「昔とは違う」「ルールが違う」「システムが違う」「状況が違う」「彼(彼女)は違う」、そして「今回は違う」…。<われわれは前よりうまくやれる、われわれは賢くなった、われわれは過去の誤りから学んだ。昔のルールはもう当てはまらない>(同書)。失敗への道程は過去の軽視からくる楽観によって埋め尽くされている。まさにスポーツがそうではないか。

 

 雨の名古屋を独走した22歳の潜在能力は底が見えない。東京、そしてパリへ。シンデレラの夢は一夜限りだが、彼女のピークは、まだまだ先にある。もう「一山」、いや二山越えて欲しい。

 

<この原稿は20年3月11日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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