<この原稿は『GQ JAPAN』2011年11月号に掲載されたものです>

 

 イタリア人の監督にはユニークな経歴を持つ者が少なくない。

 

 例えばACミランやイタリア代表などで指揮を執ったアリゴ・サッキ。プロ選手としてのキャリアのない彼は青年期、父親が経営するシューズメーカーで働いていた。

 

 これから紹介する日本代表監督アルベルト・ザッケローニ氏の経歴もかなり異色だ。周知のようにザッケローニ氏は実家のペンションで働きながら接客や経理を学び、やがて故郷のチェゼナティコで小さなホテルを経営することになる。

 

 これまで、ザッケローニ氏を含めて6人の外国人監督が日本代表の指揮を執ったが、企業経営に携わったことがあるのはザッケローニ氏だけだ。

 

 確かにザッケローニ氏の佇まいは中小企業経営者風である。物腰こそ柔らかいが、その主張は明確で、叩き上げのプライドがにじんでいるように映る。その一方で部下に対する目配り、気配りは細やかで、これまでの教育者タイプ、学者タイプの外国人指導者とは明確に一線を画す。

 

 ホテル経営で“人を見抜く力”、洞察力が養われた

 

 経営者としての経験はチームマネジメントやガバナンスに色濃く反映されているのではないか。まずはそこから尋ねた。

 

「大いに役立っていると思います。第一に“対人関係”です。ホテル経営者もサッカーの監督もスタッフの協力なしではやっていけません。それに、お客さんだって、いろいろなタイプの方がいます。人を見抜く力。つまり観察力が養われたのは間違いないでしょう」

 

 ザッケローニ氏はインタヴュー中、インタヴュアーから決して目をそらさない。瞬きすらしない――。事前にそんな話を聞いていた。

 

 本当だった。インタヴュアーを品定めでもするかのように一挙一動に視線を配り続ける。その目は、まるで腕利きの刑事か、著名な探偵のそれのようだった。

 

「選手の能力を見抜いたり見極めたりするのが私の仕事です。何か光るものを持っているか、自分の心に響くものがあるか。

 もっと具体的に言えばリスクを背負ってプレーしているか、キックの種類は豊富か、ボールタッチに独自性はあるか……。何かひとつでも私を引きつけてくれる選手には興味が湧きます。

 かつて、こんなことがありました。サンプドリアに19歳の選手がいた。練習試合でその選手は味方がコーナーキックのチャンスを得たとき、後方に残って、ポジショニングの指示を出していた。ひとり相手のカウンターを警戒して、チームをマネジメントしていたんです。これには心が動きました」

 

 その選手は、後にオランダ代表MFとして活躍するクラレンス・セードルフ。ザッケローニ氏の目に狂いはなかった。

 

「とはいえ、世界に同じ選手は2人とはいません。セードルフに似た選手はいてもふたり目のセードルフはいないんです。

 この点は常に意識しています。よく“××タイプだ”とか“××に似てる”と言う人がいますが、それぞれパーソナリティも違えばプレーのコンセプトも違います。だから私は予断をもたずに選手を見ようと心がけているんです」

 

(後編につづく)


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