ラグビー元日本代表・大野均が現役を引退した。ワールドカップに3大会連続で出場するなど、代表選手として98試合を戦った。このキャップ数は日本史上最多である。2015年イングランド大会では強豪の南アフリカを撃破した“ブライトンの奇蹟”の立役者にもなった。大野はWEB会見で「桜のジャージーを着たすべての試合が印象に残っています」と振り返った。6年前のインタビューでも語っていた日本代表の誇りとは――。

 

<この原稿は『ビッグコミックオリジナル』(小学館)2014年11月5日号に掲載されたものです>

 

 ラグビーではフル代表の国際試合に出場した数をキャップと呼ぶ。17世紀、イングランドでは同じチームの選手が同じ帽子を被って戦い、後に出場の名誉として帽子が与えられることになった。その慣習に起因するものと言われている。

 

 日本ラグビー最高峰のトップリーグ・東芝ブレイブルーパスでプレーする大野均は85のキャップ数を誇る。これは日本最多である。

 

 36歳になった今も代表メンバーに名を連ねる大野は、来年9月からイングランドで開催されるW杯に照準を合わせている。

 

 2012年4月に元オーストラリア代表ヘッドコーチ(HC)のエディー・ジョーンズが日本代表HCに就任以降、大野はスターティングメンバーに復帰した。「もっと体を大きくしろ」。それが指揮官の指示だった。

 

 大野は身長192センチ、体重105キロの偉丈夫である。しかし、彼のポジションであるロックのワールドクラスの選手は、もう一回り体が大きく、しかも屈強である。

 

 大野も、その必要性を感じていた。

「世界を見た場合、僕はロックとしては小さい方。体重と筋力の両方をアップさせろという意味だと受け止めています。

 エディーさんには、この年で代表に呼んでもらい、まだ成長できる部分を具体的に示してくれもする。選手としてはやり甲斐を感じますね」

 

 エディーの練習は厳しい。妥協は一切、許されない。

「1日のスケジュールは過密です。朝5時、6時から練習が始まる。午前と午後にも練習し、ウエイトトレーニングもする。それくらいやらないとW杯で勝てないということでしょう」

 

 大野は過去、2度のW杯に出場している。最初が07年のフランス大会、29歳だった。2度目が11年のニュージーランド大会だ。

 

 戦績は両大会とも1分3敗。勝利は遠かった。

 

 振り返って大野は語る。

「フランス大会は(予選プールの)2戦目でフィジーといい試合(31-35)をし、最終戦ではカナダと引き分けた。ある意味、達成感がありました。

 しかし、4年後の大会は2勝を目標に臨みました。その年のパシフィック・ネイションズで優勝したこともあり、多少の自信がありました。

 だから、結果は前回と同じ1引き分けでも、この時は悔しさしか残らなかった。逆に言えば、あの悔しさがあるから今がある。次に進むモチベーションになったと思っています」

 

 大野はラグビーの世界では“変わり種”である。福島県郡山市で生まれ、高校(清陵情報)時代は野球部に所属していた。チームは2年のセンバツで甲子園出場を果たしたが、大野はベンチ入りできなかった。

 

 進学先は地元の日大工学部。大学でも野球を続けようと思っていたが、ラグビー部の先輩から熱心に勧誘され、心が動いた。

 

「部員は17人くらい。ケガ人が出たら、どこでもやらなければならない。一応、ロックでスタートしたのですが、ウイングやフランカー、ナンバーエイトもやりました。素人がラグビーを覚えるには、いい環境だったと言えるかもしれません」

 

 勲章といえば国体の福島選抜に選ばれたくらい。無名のロックに目をつけたのが元日本代表フッカーで、東芝のコーチをしていた薫田真広だった。

 

 再び大野。

「たまたま福島選抜に選ばれた時のFWコーチが薫田さんの大学の同級生で、“福島におもしろいヤツがいる”と紹介してくれたようなんです。背が高く、体の割にはスピードがあるという理由で……」

 

 入社2年目、薫田が監督に昇格すると、ラグビー界で広く知られる「親に見せられない東芝の練習」が始まった。肉体の悲鳴がスタンドまで聞こえるようなハードなラグビーは東芝にトップリーグ3連覇をもたらせた。痛みの代償の栄誉だった。

 

「相手チームから、よく言われました。“来ると分かっているのにやられる”“東芝に勝つのが一番うれしい”と。最高の褒め言葉だったと思います」

 

 大野には忘れられない出来事がある。トップリーグがスタートした03年のことだ。

 

 第9節のNEC戦で21対49と完敗した。翌日、監督の薫田に叱られた。

 

「オマエ、なんでやり返さないんだ。あそこで引きさがって恥ずかしくないのか。いったいニュージーランドで何してきたんだ!?」

 

 前年、大野はニュージーランドにラグビー留学していた。ラグビーの本場で「ラグビーは格闘技だ。仲間がやられたらやり返せ!」という指導を受けた。

 

 薫田の目には、それが発揮できていないと映ったのである。

 

「その一言でハッとなりました。ラグビーはゲームである前に格闘技なんです。その原点を忘れたら、ゲームにも勝てない。僕は一番大切なものを忘れかけていた。

 実際、オールブラックス(ニュージーランド代表)と試合をすると、全然、手を抜かないし、見えないところからパンチだって飛んでくる。それが世界一の所以なんだろうと思います」

 

 エディー・ジャパンは順調に力をつけている。現在、公式戦は歴代最多の10連勝中。直近の試合(6月21日)では、これまで5戦全敗だったイタリアに26対23で初勝利した。

 

「スクラムを押していて、イタリアに押し負けなかったのは初めてです。僕は試合中、ひとりで感動していた。普通に戦って、普通に勝った。チームが成長している証拠だと思います」

 

 泥臭いプレーを身上とする大野を評してエディーはこう語る。

「本当に謙虚でリスペクトできる選手。練習も休まない。代表選手の見本です」

 

 ベテランには大好きな言葉がある。

 

<灰になっても、まだ燃える>

 

 ある映画のキャッチコピーだ。

「あと何年できるかどうかわかりませんが、若い選手ともバチバチやり合いますよ」

 

 闘争心は不滅である。


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