プロ野球の開幕に先立ち、プロレス界の雄・新日本プロレスが15日、110日ぶりに「無観客」で興行を再開した。試合の模様はインターネットテレビ局「新日本プロレスワールド」で世界中に生配信された。

 

 会員数は10万人前後。そのうちの約4割が海外のファン。月額視聴料は999円だ。当面の間、無観客試合で入場料収入が見込めない団体にとって、配信収入は貴重な収入源だ。

 

 団体を率いるオランダ出身のハロルド・ジョージ・メイ社長兼CEOには、今年に入って2度、話を聞く機会があった。メイ氏は2018年5月にトップに就くまでは世界4位の玩具メーカー・タカラトミーの社長を務めていた。

 

 今年のスタートは上々だった。1月4、5日に東京ドームで打った興行は、2日間で7万人を動員した。「さぁ、行くぞ」とアクセルを踏み込もうとしていた矢先のコロナ禍である。プロ経営者が旧来型の興行ビジネスからデジタルビジネスに活路を求めるのは、ある意味必然だった。

 

 コロナに見舞われる前から、メイ氏は興行中心のアナログビジネスからデジタルビジネスへの転換の必要性を語っていた。「デジタルで稼ぐのは今や世界のスポーツビジネスの主流。世界のスポーツチームで最大の売り上げを誇るNFLのダラス・カウボーイズは48%、2位のマンチェスター・ユナイテッドは61%、3位のレアル・マドリードは62%、4位のFCバルセロナが77%なんです」。デジタルビジネスの主役はIP(インテレクチュアル・プロパティ=知的財産)だ。アナログビジネスには昔ながらのよさもあるが、それに頼っていたのでは、今回のような危機には対応できない。

 

 ニューヨークを拠点とする世界最大のプロレス団体WWEの収益構造は興行部門が62%であるのに対し、デジタルが38%。翻って新日本プロレスは前者が89%、後者が11%。国内における興行部門への偏りを是正するため、昨年4月にはニューヨークに進出した。新日本プロレスの魅力を世界に発信するためだ。

 

 会場に足を運んだファンはインターネットテレビの会員となり、国境を越えて広がっていく。プロレスはレスラーの肉体そのものが言語である。「レッスルする世界」でプロレスを描いたフランスの哲学者ロラン・バルト風に言えば、リングは「感情の公開の場」であり、入り口の敷居は低い。災い転じて福となす、か……。

 

<この原稿は20年6月17日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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