打ったり走ったりではなく、投げている姿がスポーツ紙の一面を飾るとは……。誰あろう本人が一番びっくりしたに違いない。

 

 

 8月7日付けのスポニチ紙の一面は、巨人の内野手・増田大輝。マウンド上で胸を張り、手首の立った投球フォームは、ケチの付け所がない。<えっ!? 投げた>との見出しが興趣をくすぐる。

 

 6日、甲子園での対阪神戦。0対11の8回裏一死無走者の場面で、「ピッチャー増田大輝」のアナウンスが流れた。

 

 私はたまたま、そのシーンをテレビで観ていたが、「ホント?」と思わず目をこすってしまった。

 

 というのも巨人のブルペンには鍵谷陽平、大竹寛、大江竜聖、中川皓太と4人の投手が残っていたからだ。

 

 4人のリリーフ投手を差し置いて、原辰徳監督が内野手の増田をマウンドに送ったのは、新型コロナウイルスの影響で開幕が遅れ、連戦続きのタイトな日程を考慮したからだろう。敗戦処理のために、クロスゲーム用の投手を無駄遣いしたくなかったのだ。

 

 メジャーリーグでは、大差のついたゲームでしばしば見かける起用法だが、日本では珍しく、巨人において野手が登板するのは、実に71年ぶりのことだった。

 

 また7点も取られるなど不甲斐ないピッチングに終始した堀岡隼人にお灸を据える意味もあったと思う。増田起用を「相手に失礼」とのOBの批判に指揮官は「あそこで堀岡を投げさせることの方がはるかに失礼」と返していた。

 

 果たして増田はベンチの期待に応え、好投した。近本光司を二塁ゴロに打ち取り二死。続く江越大賀には四球を与えたが、球審が「ボール」と判定した球はど真ん中に見えた。打者のプライドを重んじたのか。4番の大山悠輔をライトフライに打ち取り、13球で任務を完了した。

 

 徳島・小松島高時代、「エースで主砲」として、夏の県大会ベスト4進出に貢献しているとはいえ、その程度の実績の選手なら、プロの世界にはごまんといる。

 

 なぜ、入団5年目の内野手をマウンドに上げたのか。その答えは宮本和知投手コーチの談話の中にあった。

 

「投手として参考になるのは、トップの位置がしっかり決まっていること」

 

 プロの投手でも、ストライクを取るのに汲々としている者はたくさんいる。敗戦処理とはいえ、涼しい顔で与えられた仕事を全うした増田は立派なものである。

 

 試合後、原監督は「まさにユーティリティー。見事だと思う。大変助かった」と労をねぎらった。

 

 2015年の育成ドラフト1位。四国アイランドリーグの徳島から巨人に入団した。大学(近大)中退後はとび職も経験した苦労人だ。

 

 今季は投手起用も含め34試合に出場し、打率こそ2割1分1厘ながら、リーグ2位の10盗塁をマークしている。原監督は“走りのスペシャリスト”として重宝がっている。(8月19日時点)

 

 内外野に加え、投手でも使えることがわかった今、増田の出番はさらに増すはずだ。巨人にとってはコロナ禍の孝行息子である。

 

<この原稿は2020年9月6日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

 


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