<この原稿は「第三文明」2016年7月号に掲載されたものです>

 

二宮清純: 佐々木さんは、監督として女子選手と非常にうまく接しているように映りました。これはご著書で知ったのですが、“鼻毛をちゃんと切る”など身だしなみ一つとっても、気を使っていたと。女子選手をまとめるためのポイントはどんなところにあるのでしょう?

 

佐々木則夫 鼻毛のことなどはすべて妻や娘からアドバイスです(笑)。何かを意識していたわけではなく、自然体でやっていました。ただ、変えなきゃいけないと思った部分は変えました。

  

二宮: それはどんな点ですか。

 

佐々木 キャンプのとき、ケガをしてチームから離脱せざるを得ない選手が出ることがあります。その場合、残った選手がそろって玄関口で見送るんですが、僕はその前に個別にその選手と会って話をしていたので、あらためて見送らなかった。そうしたら、選手たちから「監督は冷たい」と言われました(苦笑)。

 

二宮 女性ならではの心配りも必要なんですね。

 

佐々木 当時のキャプテンから指摘を受けて、それからは一緒に見送るようにしました。ほかにも練習でうまくいかないとき、男子だったら監督が注意や指示を出せばそれで「わかりました」となりますが、女子の場合はまず選手同士が話し合います。

 

二宮: 自分たちで解決したいということでしょうか。

 

佐々木 そうです。こちらが急いで結論を出そうとすると、すごくストレスが溜まるようです。時間がかかってもあれこれみんなで話しあって、納得するのが大事なんですね。

 

二宮: 澤選手が引退しましたが、やはりその存在は大きかったですか。

 

佐々木 それはもう大きかったですよ。絶対に負けられない、いざというときの活躍は、目覚ましいものがありました。

 

二宮: プレーヤーとして見た場合、澤選手は、空中でのボールの扱いがとてもうまいですよね。

 

佐々木 特にジャンプ力や脚力があるわけじゃないのに、ボールが落ちてくるポイントにパッと入ってくる能力はすごいです。

 

二宮: 空間認識能力が高いのでしょうね。彼女の本を読むと、子どものころにやっていたバレーボールがいい影響を与えたようですね。

 

佐々木 それはあるでしょうね。小さいころに野球をやっていた選手は、ボールが飛ぶ速度や角度を見て落下地点を推測する能力が高いんです。

 

二宮: そういう意味では、空間認識能力はほかのスポーツからでも磨けますね。

 

佐々木 そうですね。実際、ソフトボールのノックを練習に取り入れたこともありましたから。

 

 我慢強さを身に付けた

 

二宮: 12年にはロンドン五輪がありました。W杯優勝により期待が高まったぶん、プレッシャーも大きかったでしょう?

 

佐々木 優勝して当たり前という雰囲気だったし、他国も日本をマークしてきましたから大変でした。

 

二宮: それでも決勝まで進出し、相手はふたたびアメリカでした。結果は、1―2で惜しくも敗れましたが、やはりW杯のときとは違いましたか。

 

佐々木 試合自体は、過去のアメリカ戦のなかでいちばんよかったと思います。ただ、やはり相手もW杯でPK負けした悔しさが大きかったようで、「絶対に負けるもんか」という意地みたいなものを感じました。

 

二宮: 世界のどの強豪と戦ってもいい試合ができるという意味で、日本の女子サッカーは熟成されてきたように思います。

 

佐々木 攻め込まれても我慢できる〝我慢強さ〟を身につけたことが大きいと思います。昔、フィリップ・トルシエ監督(日本男子代表元監督)が「日本の選手は我慢する力がない。ちょっと押されるとすぐに点を取られてしまう」と言っていましたが、確かにそういう甘さがあります。

 

二宮: 女子代表はそこをどう乗り越えてきたのでしょうか。

 

佐々木 強いチームとの親善試合を重ねたことです。たとえ大敗したとしても、「ここまでできた」という感覚を身につけさせる。そうして自信を持たせることが大切だと思います。

 

二宮: 女子の場合は、男子との練習試合も強化につながりますね。

 

佐々木 僕は、練習試合ではなく練習を男子とよくやりました。特に大学生との練習をかなり組みましたね。

 

二宮: 大学生相手だとフィジカル(身体)的な差は大きく出てしまうのでは?

 

佐々木 確かにフィジカル面だけを言えば、高校一~二年生がちょうどいいです。ただ、技術的な面でこちらのリクエストに応えるのが難しい。

 

二宮: ボクシングで言えば、レベルの高いスパーリングパートナーみたいなものですね。

 

佐々木 ええ。「ケガが怖いからヒジは出すな」とか、「コーナーキックの際、(守る選手に)体をぶつけてくれ」とか、細かいリクエストができるので、仮想オランダ、仮想ドイツとして練習ができます。

 

 カナダW杯で準優勝

 

二宮: 昨年開催されたカナダW杯に話題を移しますが、前回のW杯で優勝し、ロンドン五輪で銀メダルを獲得。佐々木さん自身、功なり名を遂げたわけで、そこからさらに上を目指すにあたっての精神的な苦痛は?

 

佐々木 ありましたね。正直、「もう勘弁してよ」と思いました(苦笑)。勝ち逃げができれば、どれだけラクだったか……。

 

二宮: 普通は勝ち逃げしたくなりますよ。優勝より上の成績はないわけだし、W杯の連覇などそう簡単なことじゃありませんから。

 

佐々木 他国の力がアップしているのもわかっていました。たとえば、世界ランキング20位程度のニュージーランドなどを見ていても、連携やポジショニングが大切だと気づき、組織的な戦い方に変わっていましたから。

 

二宮: 体の小さな日本チームの戦い方を見て、触発されたんでしょうね。

 

佐々木 そうです。どうすれば勝てるかがわかってきたんです。アメリカの監督でさえ、「日本のサッカーは、これからの女子サッカーの未来だ」なんて言っていたぐらいです。

 

 

二宮: 実際、カナダW杯では、アメリカは日本のようなサッカーをやりました。

 

佐々木 パスのスピードが格段に速くなっていて、ボールがなかなか奪えませんでした。

 

二宮: 決勝のアメリカ戦では、前半16分までに四失点と序盤で立て続けにゴールを奪われてしまいました。

 

佐々木 いつもアメリカは、日本に対して立ち上がりから勢いよく向かってきます。それは選手もわかっていたのですが、あまりに勢いよく攻めてきたことで面喰った感じはありました。しかも、ドーム式の会場だったので音が反響して、こちらかの指示も通らなかった。またセットプレーにおいても、我々は高いボールへの準備をしていたら、低いボールで勝負をしてきました。

 

二宮: 意表を突いてきましたね。あれを見たきに、アメリカは相当日本を意識してやってきたんだなと感じました。言い方を変えれば、それだけ日本も認められたということだと思うんですけど……。

 

佐々木: 確かに、そうかもしれませんね。

 

 Jリーグ傘下に女子チームを!

 

二宮: W杯・五輪と三大会連続で決勝まで進んで、今年はさらに、リオ五輪への出場が期待されたわけですが、残念ながら出場は叶いませんでした。

 

佐々木 やはり予選は厳しいです。本戦はいわば〝お披露目の場〟で、メダルに向かって挑戦する戦いです。しかし予選は、“(本戦に)出て当たり前”というプレッシャーがすごいんです。その予選の重圧に輪をかけて、私が初戦の大切さを説きすぎて、さらなるプレッシャーを与えてしまったかもしれません。

 

二宮: 1―3で負けたオーストラリア戦ですね。

 

佐々木 はい。結果「大事な初戦を落としてしまった」と、負けてトーンダウンした気持ちを切り替えられませんでした。力を100%出せた選手はせいぜい二~三人。そのほかは50~60%のパフォーマンスしかできませんでした。

  

二宮: 悪い流れは、そのあとの韓国戦や中国戦でもありました。僕が気になったのは、選手間で責め合うような雰囲気があったことです。

 

佐々木 プレッシャーが大きすぎて、我が出たんだと思います。本来なら、そこでどういう声かけをするかが大事なのに。やはり監督である私にも選手にも、双方に乱れがありました。

 

二宮: この予選敗退を機に監督を退任されたわけですが、これだけ結果を残された佐々木さんがこれからどういう道に進まれるのか、関心を寄せている人も多いと思います。その点はいかがでしょうか。

 

佐々木 しばらくはゆっくり過ごしたいですね(笑)。少し視野を広げて、まっさらな状態で今後の道筋を考えたいと思います。

 

二宮: 女子サッカーについて言えば以前、宮間(あや)選手が「女子サッカーを文化にしたい」と言いました。やはり代表がW杯や五輪で結果を出さないといけない。一方で代表に頼り過ぎてもいけない。やはり日本代表とリーグが車の両輪のように発展することが必要だと思いますが、佐々木さんのご意見は?

 

佐々木 たとえばJリーグのチームに女子チームもつくらせるようにして、しっかりした運営体制を作ってやっていくことが必要だと思います。

 

二宮: 私もまったく同感です。現在、クラブライセンスの項目でアカデミーチームの保有は義務付けられていますが、女子チームは義務付けられていません。なでしこリーグ発展のためにはJクラブの女子チーム保有を義務付けてもいいかもしれません。ともあれ、長い間お疲れさまでした。次なる場所での活躍を楽しみにしています。

 

佐々木 そのときはまた、がんばりたいと思います(笑)。

 

(おわり)


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