美談で終わらないところが、この人らしい。さる11月28日、米ロサンゼルスで元4階級王者ロイ・ジョーンズJrとエキシビションマッチを行った元世界ヘビー級統一王者マイク・タイソンが、試合直前に大麻を使用していたことが明らかになった。USAトゥデー紙のインタビュアーに「戦いの最中にも喫煙した」と告白している。

 

 もっとも試合が行われたカリフォルニア州において大麻は合法であり、ドーピング検査でも禁止薬物に指定されていないため、タイソンが罪に問われたりペナルティを科されたりすることはない。

 

「人々を励ますためにこの試合をやった。この年齢(54歳)でも頑張っている」。あのコメントは何だったのかと鼻白んでいる向きも多かろう。しかし、身も蓋もない言い方で恐縮だが、今さらタイソンにモラルを求めても仕方あるまい。大過なく戦い終えたことを、むしろ良しとすべきだろう。

 

 鉄は熱いうちに打て、という。エキシビションマッチとはいえ、54歳のタイソンがリングに上がり、大金が稼げるのは、12歳で故カス・ダマトと出会い、ボクシングの基礎を徹底して教わったからだ。ピーカブー(のぞき見)の構えからの鋭いステップイン、相手に的を絞らせないフェイントとヘッドムーブメントはヘビー級では短身のタイソンが名を成す上で、絶対にマスターしなくてはならない必須のテクニックだった。これらをダマトはタイト・ディフェンスと呼んだ。

 

 距離を詰めながらも、相手の正面には立たず、ウィービングやダッキングを駆使しながらサイドから、そして下から攻める。その理詰めの攻めは、まるで詰め将棋を見ているようだった。

 

「攻撃こそ最大の防御」という格言がある。だが、全盛期の、少なくともダマトが没し、チームと袂を分かつまでのタイソンのボクシングは、それとは逆の“防御から攻撃”への連続性、再現性、正確性こそを最大の特長としていた。剣術や柔術でいうところの“後の先”である。

 

 15年ぶりのリング。エキシビションマッチにおいて、ダマトの“遺産”がほんの少しでも確認できたこと、それはタイソンからの一月早いクリスマスプレゼントであったと好意的に解釈したい。ただし、40エーカーの大麻農場経営はやめるべきだと誰か忠告して欲しい。17年前の自己破産も薬物が原因だったのだから……。

 

<この原稿は20年12月2日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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