この時期、連日のように報じられるニュースがモチによる窒息事故である。正月の三が日、都内だけで高齢者14人がモチを喉に詰まらせて病院に搬送され、3人が不帰の人となった。

 

 厚労省の人口動態調査によると、「不慮の事故」の死因のうち、食物が原因と見られる高齢者(65歳以上)の窒息事故による死者は年間3500人以上、そのうち7割強を80歳以上が占める。

 

 医師に聞くと「オレはまだ大丈夫だ」と思っている高齢者が一番危険らしい。思い出すのが元プロレスラーの山本小鉄だ。死因は「低酸素脳症」と発表されたが、関係者によると「異物を喉に詰まらせたのが原因」だったという。まだ68歳だった。

 

 腕や脚と違って喉まわりの筋肉は衰えがわかりにくい。喉まわりの筋力の低下は嚥下障害を招く。では、どうやって鍛えればいいのか。「トントンボイス相撲がいいですよ」。そう語るのはパラアイスホッケー元日本代表の上原大祐だ。現在、彼はNPO法人「D-SHiPS32」の代表として、スポーツを通じた共生社会づくりに尽力している。

 

 障害者に対する環境整備は、高齢化社会への備えとなる。ともすると「置いてきぼり」になりがちな障害者や高齢者を社会のプレーヤーとして尊重することなくして「共生社会」はありえない。

 

 健康寿命を延ばし、高齢者を窒息事故から守るトレーニングとして、上原が目をつけたのが「トントンボイス相撲」である。要するに「紙相撲」だ。昔は手づくりの土俵を、指でトントン叩き、その振動で紙の力士を動かしていた。一方、「ボイス相撲」の場合は声を発すると、その音に反応するかたちで土俵が振動し、力士が動き始める。

 

 上原は言う。「高齢者施設に入り、自分の部屋にこもっちゃうと、人との会話が減る。そうなると喉まわりの筋力が落ち、飲み込む力が弱くなる。それが事故の原因となる。このゲームは楽しむと同時にヘルスケア的な要素も兼ね備えているんです」

 

 子供に夢を、と語るアスリートやOBはたくさん知っている。大変、結構なことだが、スポーツに求められる役割はそれだけではない。老人の事故防止対策にまで言及し、それを実践している上原のような人材には“いぶし銀”の輝きがある。そう言えば彼は2010年バンクーバーパラリンピックの銀メダリストである。

 

<この原稿は21年1月6日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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