パンデミックの収束が見通せない時期だから、いろいろな憶測記事が出るのは止むを得ない。そんな中、英紙タイムズが<日本政府が中止せざるを得ないと内々に結論付けた>と報じた。ただし、それを裏付ける根拠には少々、乏しい。
 
 またタイムズは、「今は次に可能な2032年大会の開催を確保することに焦点が当てられている」との連立与党幹部の話も紹介している。コメントの主は願望を述べているのか、水面下での動きを報告しているのか、この文面だけでは判然としない。
 
 日本政府は打ち消しに躍起だ。「そのような事実は全くない」と否定した上で「今夏の安全で安心な大会開催実現に向け、関係団体と緊密に連携し、準備に尽力する」とのコメントを発表した。
 
 こうした記事が出るのも、元はと言えば日本側の発信力が足りないからだ。東京五輪・パラリンピックについて聞かれると菅義偉首相は、判で押したように「人類がコロナに打ち勝った証」と答える。同じ言葉を繰り返すだけなら、ボイスレコーダーでも一台、机の上に置いておけばいいのではないか。
 
 NHKが1月9日から3日間かけて行ったアンケートによると「開催すべき」が16%、「中止すべき」が38%、「さらに延期すべき」が39%だった。言うまでもなく開催の可否を決定するのはIOCであり日本国民ではない。しかし世論を無視して五輪・パラリンピックの成功はあり得ない。
 
 問題はこの数字をどう読むかだ。「延期」も消極的な賛成派ととらえれば、55%と過半数を超える。ここの層へのアピールが政府には決定的に足りない。
 
 私見を述べれば、「強行開催」か「絶対中止」かというオール・オア・ナッシングの言論ゲームには加わりたくない。「平和の祭典」であるはずの五輪・パラリンピックが原因で国民が「分断」されるなんてバカげている。
 
 そんな時期だからこそ、リーダーには五輪・パラリンピックへの率直な思いを国民に語りかけ、開幕に向けた工程表を示してもらいたい。仮にそれがうまくいかなくても、現下の情勢に照らせば、ある程度の理解を得られるのではないか。もちろん延期や中止もタブー視すべきではない。
 
 恐れるのは国民に説明らしい説明もないまま突き進んだ挙句の集団遭難だ。よもや八甲田山に向かっているのではないかとの不安が拭えない。

 

<この原稿は21年1月23日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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