スポーツ界のトップは「トランスフォーメーション」せよ(川淵三郎氏)<後編>

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二宮清純: 川淵さんの呼びかけで、コロナ禍でスタジアムにお客さんが入場できない試合が「リモートマッチ」と命名されました。「無観客試合」と言うのは味気ないので、これは良かったと思います。リモートと言うのは、選手とファンが離れていてもつながること、そこにはオンラインでのつながりも含まれていると思いますが、これからはネット配信がスポーツビジネスの柱に加わるのではないでしょうか。これまでは入場料、放映権料、物販、飲食などが主な収入源でしたが……。

 

<この原稿は2020年10月号の『中央公論』に掲載されたものです>

 

川淵三郎: 5Gの時代になり、大容量通信ができるわけで、1人の選手だけアップして撮り続けたり、瞬時に得点シーンを見せたり、いろんなことができるようになる。放っておいても変わっていくでしょう。そういったサービスが当然、クラブの収入にならないとプロとしての意味がありません。配信サービスで収入を増やしていく流れになるでしょう。

 しかし、現場で生の試合を見ることへのニーズは未来永劫変わらないと思います。プロスポーツは現場で見るのが一番だとサポーターはみなわかっている。すると、3密を避けるにはどうすればいいのか、その工夫を考えなければならない。これからオンラインでの「投げ銭」とかいろんな収入源が出てくると思いますが、一番大事なのは入場料ですよ。

 

二宮: 川淵さんは昔からスタジアム観戦の重要性を指摘していますが、たとえば、いま大相撲では本来定員4人の枡席にコロナの影響で1人しか入れない。そもそも日本人の体格が大きくなり、外国人客も増えている時代に、あの枡席に4人を入れること自体に無理がある。スイートルームをつくるとか、もっと枡を大きくするとか、観戦環境を充実させるべきだと思うのですが……。

川淵: おっしゃる通りで、経営者はいまの座席で入場料も現状通りというのを前提にして、どうすべきかと考えるにとどまっている。そういうところが、もう全然違うと思うんですよ。

 1992年に英国のプレミアリーグが設立された時、ちょうどJリーグの開幕前だったので僕は現地に視察に行きました。当時、ヨーロッパで大きな事故があって、英国ではゴール後ろの立ち見席を個席に替えた。それによって入場料収入が減ることになるわけですが、テレビの放送料があるからしょうがない、という考え方でした。ところが、ライブ放送をしたおかげでたとえばマンチェスターユナイテッドのスタジアムの集客数は最初3万5000人だったのが、お客さんがどんどん増えて、5万になり7万になった。またゴール後ろの席の料金は最初500円ぐらいだったのが、いま5000円ぐらい。

 ヴィッセル神戸の三木谷浩史会長が元スペイン代表のMF、アンドレス・イニエスタ選手を一昨年に獲得した時に、「入場料を上げるのはどうでしょうか」と聞いてきたから、「絶対そうすべきだ」と伝えたところ、実際に値上げしました。よくやってくれたと思います。イニエスタというすごいソフトが入ってきて、同じ値段で見れると思うのかという話です。良いものを見せますよ、しかし高い入場料になりますよ、そう言える経営者でなければプロスポーツでは成功できません。

 

二宮: たとえば歌舞伎の海老蔵のチケットは、いい席なら2万円はします。イニエスタが5000円や7000円はありえません。庶民のスポーツだから安くていいというのは時代錯誤、差別化をはかるべきだと思います。

川淵: 日本人の感覚の中には、庶民のものだからできるだけ安くという考え方があるんだけど、良いものを見るには、やはり高いお金を払わなきゃいけない。より多くの人が欲しがるものは値段が高くなるのは当然でしょう。そういう考え方が、まだ日本のスポーツ界にはありません。

 好例として思い出されるのは、バスケットボールのBリーグが開幕した時、コートサイドで4人の枡席のような20万円のプラチナボックス席。当時はそんな高額はけしからんと怒ってしまったのですが、そこが一番早く売れた。その時、僕はもう古いんだなあと痛感しました(笑)。その席の客は、会社の役員クラスのお年寄りかと思いきや、なんと若い人ばかり。二重の驚きでしたね。

 

 メダリストがトップの組織の限界

 

二宮: 日本のスポーツ界は、いまだにデフレ商法なんですよね。

川淵: いまプレミアリーグをはじめヨーロッパのサッカーリーグは、放映権料が異常に高いため、選手の年俸が高騰しています。Jリーグが開幕した頃は、むしろこちらの年俸のほうが高かったくらいで、だから1994年にワールドカップで優勝したブラジルの選手が8人も来日したわけです。

 

二宮: 驚きましたね。ドゥンガだのジョールジーニョだのレオナルドだの……。カメルーンのエムボマやセルビアのストイコビッチのプレーもファンを魅了しました。

川淵: そうした変遷を見てきた僕としては、放映権料が高値を維持できるのかどうか疑問です。5Gの時代になって、テレビの性格も変わっていくのではないか。先が読めません。

 

二宮: そうなると、まさにリーグの経営者が重要になってきます。たとえばゴルフは協会側が放映権を掌握していませんね。だから、財政的に自立できない。

川淵: 自前で収入を確保することができないと、そのスポーツの発展はないですよね。企業の命運とまったく同じです。日本女子プロゴルフ協会の小林浩美会長がそのあたりを変えようとしていて、抵抗は大きいと思いますが、彼女の感覚は正しい。

 

二宮: 失礼ながら川淵さんは選手出身でありながら、「地域密着」という理念を掲げてJリーグを創設し、また経営者としても、サッカー協会を一流企業なみに押し上げた稀有なリーダーです。翻ってスポーツ出身トップの中にはPL(損益計算書)やBS(貸借対照表)が読めない人もいる。外部からトップを募ってもいいのでは……。

川淵: 金メダリストとか過去の競技の実績が評価されてポストを得た人がやれることには、どうしても限界がある。本当の経営という意味では、もっとグローバルな感覚で選考をしなければ、その競技の発展はありません。

 たとえば日本は体操や、卓球、バドミントンが強い。じゃあ、それらの協会の能力が高くて若手の育成を組織ぐるみで行ってきたのかというと、必ずしもそうではないと思います。卓球がナショナルトレーニングセンターでエリート育成をしているのを見ると、協会の役割がゼロとは言えませんが、たまたま良い指導者がいて、うまく選手を育てた結果でしょう。「たまたま感」が強い。

 

二宮: 強化ばかりに主眼が置かれ、普及を疎かにすると、必ず後でしっぺ返しにあいます。

川淵: 僕が見た限り、スポーツ界の中でトランスフォーメーションが一番できているのは、やっぱりサッカー。これまでも継続して変化してきましたが、今後も変わっていくためには、どうしても人材が必要です。日本だけでなく、世界から人材を獲得していくことも考えるべき時代になってきたかなと思います。

 

(おわり)

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