2021年3月11日は東日本大震災から10年目という節目の日である。「1000年に一度の大地震」と言われた震災は東北地方、関東地方を中心に甚大な被害をもたらせた。その4カ月後、なでしこジャパン(サッカー女子日本代表)がドイツW杯で優勝し、日本に感動と勇気を与えた。当時の指揮官・佐々木則夫が明かした、その舞台裏を、2年前の原稿で振り返る。

 

<この原稿は『ビッグコミックオリジナル』(小学館)2019年3月5日号に掲載されたものです>

 

 国民栄誉賞が制定されたのは1991年からだが、団体での受賞は2011年のサッカー女子日本代表・なでしこジャパンの一例しかない。それくらいインパクトが強かったのだ。

 

 同年7月、ドイツで開催された女子W杯で、FIFAランキング4位のなでしこジャパンは決勝で同1位の米国をPK戦の末に下し、初優勝を果たした。それが評価されての受賞だった。

 

 この快挙の4カ月前の3月11日、東日本大震災が発生し、1万6千人近い人命が失われた。

 

「最後まで諦めないひたむきな姿勢で国民にさわやかな感動と、東日本大震災などの困難に立ち向かう勇気を与えた」

 

 枝野幸男官房長官(当時)は、授与の理由を、こう説明した。

 

 大会前、なでしこへの注目度は極めて低かった。監督の佐々木則夫によると、名古屋のセントレア空港でドイツへ旅立つ選手たちを見送ったのは「担当記者の5、6人だけ」だった。

 

 その約1カ月後、成田に降り立った彼女たちを待っていたのはシャンパンシャワーのゲートだった。

 

 キーになった試合は準々決勝のドイツ戦だ。アウクスブルクでイングランドに負けた日本はグループBを2位で通過した。

 

 世界ランキング2位の実力に加えホスト国。ヴォルフスブルクのスタジアムにはアンゲラ・メルケル首相が観戦に訪れるほどの熱の入れようだった。

 

 さらにドイツは、この日本戦に翌年に開かれるロンドン五輪の出場権をかけていた。

 

 佐々木はそこに日本の付け入れる隙があると見ていた。

「メルケルさんはくるし、五輪の出場はかかっている。しかも自国開催となれば絶対に優勝しなければならないというプレッシャーが、彼女たちに重くのしかかってくる。これは膠着した時間が長く続けば続くほど、我々が有利になってくるだろうと……」

 

 果たして佐々木の思い描いていたとおりの展開となった。0対0のまま試合は進み、焦りの色の見えるドイツはパワープレーに活路を求め始めた。

 

 延長後半3分、決勝点は後半から出場していた丸山桂里奈の右足によってもたらされた。澤穂希の浮き球のパスに飛び出したのだ。

 

 振り返って佐々木は語る。

「彼女はオフサイドのルールなんか知らないと言っていますが、あれは本当なんです。あの子には細かいルールを教えると、自分のタイミングで飛び出せなくなる。野生の感覚が持ち味なんです。

 

 かつてドイツ遠征に行った際、裏に抜け出した彼女がゴールを決めたシーンを、僕ははっきり覚えている。そのイメージがあったから、起用したんです。それを再現するようなゴールでした」

 

 勢いに乗るなでしこは準決勝でスウェーデンに3対1で完勝し、

決勝の地・フランクフルトに乗り込む。2回のW杯優勝と3回の五輪優勝を誇る米国に死角は存在しないように思われた。通算対戦成績は米国の0勝21敗3分け。まるでおとなと子供である。

 

 しかし、佐々木は、直近の対戦から秘かに手応えを掴んでいた。

「大会前、米国遠征で2回戦っているんです。結果は2試合とも0対2でしたが、シュート数と決定機の回数は、ほぼ互角でした。それに米国には、ひとつクセがあった。1点とると、しばらくトーンダウンするんです。“このチームには勝てる”と安心するんでしょうか。もちろん、そうしたクセは全て選手たちに伝えました。彼女たちも同じイメージを持っていたようです」

 

 イメージの共有は重要である。米国は立ち上がりから猛攻を仕掛けたが、なでしこは慌てなかった。後半24分、俊足のアレックス・モーガンに先取点を奪われるが、その12分後、ゴール前の密集の中、詰めていた宮間あやが左足で押し込んだ。

 

 試合は延長へ。前半14分、ついにエース、アビー・ワンバックが爆発した。ヘディングでゴールネットを揺らし、1対2。残り時間を考えれば、同点に追いつくのは困難なように思われた。

 

 敗色濃厚のなでしこは、後半12分、コーナーキックのチャンスを得た。キッカーは精度の高いキックを誇る宮間である。

 

 彼女はコーナーに向かう途中、澤にそっと耳打ちした。

「ニアに蹴るからね」

 

 宮間は澤がニアポストに走り込みたいことを熟知していた。

 

 低い弾道のコーナーキックはニアポスト付近へ。澤はそのボールを右足のアウトサイドに引っかけ、GKの頭上を抜いてみせたのだ。あれこそは澤のサッカーにかける思いが凝縮した乾坤一擲のゴールだった。

 

 実はコーナーキックを蹴る際、ワンバックが米国のクラブチームで同僚だった澤に歩み寄り、何かを口にした。佐々木によるとGKのホープ・ソロが左足を痛めているからちょっと時間が欲しい、と言ったというのである。

 

 佐々木の解説。

「ウチはゴール前の澤のマークを阪口夢穂がブロックする決まりになっていた。ところが阪口がブロックしきれなかったんです。

 

 澤がフリックしたところ、マーカーに体を当てられてシュートに勢いがついた。さらにボールがワンバックのひじにあたり、微妙にコースが変わった。ソロはシュートのコースに飛んだにもかかわらず逆を突かれてしまったんです」

 

 同点ゴールは運も味方したのだ。

 

 笑顔が咲き誇るなでしこと意気消沈の米国。PK戦の行方は、もはや明らかだった。日本の勝利が決まった直後、ピッチの中で澤に飛びつかれた佐々木は、彼女の殊勲に報いるように何度も何度も背中を叩いてみせた。


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