<この原稿は「経済界」2016年2月26日号に掲載されたものです>

 

 17大会ぶり3度目の優勝を決定付けたのは、後半2分のトリックプレーだった。全国高校サッカー選手権でのひとコマである。

 

 東福岡が1対0のリードで迎えた後半2分、ゴール正面やや右寄りの直接フリーキック。距離にして20メートルちょっと。

 

 東福岡(福岡)のMF中村健人がボールをセットすると、國學院久我山(東京A)の“壁”の前で、スクラムを組むラグビーのフロントローのように肩を組んだMF鍬先祐矢、DF織田逸稀、DF児玉慎太郎の3人が1歩、2歩、3歩と大またで後ずさりを始めたのだ。

 

 中村が助走から右足を振り抜いた瞬間、3人はスッと身をかがめた。その上を低い弾道のボールが通過し、そのままゴール左隅に吸い込まれていった。視界を遮られた國學院久我山のGK平田周の反応が遅れたのは言うまでもない。

 

 このゴールで勢いに乗った東福岡は、5対0の大差で國學院久我山を退けた。

 

 いかに、このトリックプレーが効いたかは、國學院久我山の主将・宮原直央のコメントからも明らかだ。

 

「一番大きかったのは2失点目が早かったこと。後半の立ち上がりに、自分たちのミスからファールを犯して、素晴らしいキックでFKを決められてしまった。自分たちが攻撃に転じようとしていたところでの失点だった……」

 

 実はこのトリックプレーには伏線がある。それは昨夏のインターハイ準決勝に遡る。

 

 試合こそ東福岡が5対2で圧勝したが、敗れた立正大淞南(島根)が、このトリックプレーを披露したのだ。

 

 中村は語っている。

「立正大淞南はトリックプレーが有名なので、自分たちは警戒していた。にもかかわらず、僕たちは読めなかった。気が付いたら、ボールがポストの横を通過していました。あれを真似しようと……」

 

 つまり立正大淞南こそはトリックプレーの“家元”なのである。

 

 そもそも、なぜトリックプレーなのか。同校の監督・南健司は自らが出演するDVDで、こう述べている。

 

「世界的に守備が強固になっている関係でセットプレーの重要性は非常に大きなポイントになってきているのが、現代のサッカー。本校が使うセットプレーは身長が高い低い、足が速い遅いに関係なく、あと年齢的にも小学生、中学生、高校、社会人、どのカテゴリーでも使えるものだと思います」

 

 立正大淞南は7年前の高校サッカー選手権でトリックプレーを披露して話題になった。

 

 桐光学園(神奈川)との1回戦。立正大淞南はゴール前でFKを獲得した。

 相手6選手がつくる壁の前で立正大淞南の5選手が立てひざをつくように構えた。

 身をかがめ、シュートが頭上を通過するのを待つ。MF川添賢太という選手が蹴ったボールはゴール左隅へ。視界を遮られた相手のGKは為す術もなかった。

 

 立正大淞南のトリックプレーはこれだけにとどまらなかった。

 

 後半6分には、右CKをグラウンダーでゴール方向に向かってリスタートさせた。

 そのボールを同校の選手が1人、2人とスルーすると、ペナルティーアーク付近でボールを受けた川添が右足で合わせた。グラウンダーのシュートがこぼれたところを味方が押し込み、貴重な追加点をあげた。

 

 結局、この試合、2つのトリックプレーを成功させた立正大淞南が優勝候補の桐光学園を破ったのは記憶に新しい。

 

 話を今大会を制した東福岡に戻そう。同校は選手権前から、この手のトリックプレーを練習していたという。

 

 しかし、決勝まで披露することはなかった。いざという時のために封印していたのだろう。

 

 再び中村のコメントを引く。

「芝に慣れていなかったため蹴り方を変えたんです。ボールの横から入っていた助走を縦から入って、“なるべく浮かさないように抑えて”という気持ちで蹴りました。ふかさずに低い弾道で決めることができた。自分が考えていたとおりのシュートでした」

 

 サッカーにおける最高にして最大の大会であるワールドカップにおいても、セットプレーは点を取る重要な武器だ。

 

 セットプレーによる得点は06年ドイツ大会が33.3%、10年南アフリカ大会が24.1%、14年ブラジル大会が22.2%――。

 

 06年を最後に比率は下がっているが、それでも得点の2割以上がセットプレーから生まれている。

 

 先のトリックプレーを代表レベルの試合でも通用するようブラッシュアップできないものか……。ふと、そんな思いが頭をよぎった。


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