1983年をピークに縮小していたウイスキー市場を甦らせたのが、ウイスキーをソーダで割る「ハイボール」だということは、よく知られている。起死回生の商品となったことから“ハイボール革命”とも呼ばれた。

 

 話題を呼んだのがおいしく飲むための割り方だ。その黄金比は、前者が1で後者が3.5なのだと著名なバーテンダーは語っていた。

 

 もちろん個人の好みやその日の気分、銘柄にもよるが1対3ではやや濃い目、1対4では、やや薄目ということか。では、こちらの「ハイボール」は、どうか。

 

 MLBのヤンキースから8年ぶりに東北楽天に復帰した田中将大のオープン戦でのピッチングを見ていて、あることに気がついた。以前にも増して高めの使い方がうまくなっているのだ。

 

 7回を3安打1失点に封じた20日の巨人戦でも、「ハイボール」を有効に活用していた。森繁和の解説を引く。<高めに投げるのはリスクと隣り合わせではあるが、力のある回転のいいボールならファウルや空振りになる。これでカウントを稼ぐのが田中将大の投球術の一つだ。高めの残像が打者の脳裏に残ることで、低めの変化球も生きる。>(本紙21日付け)

 

 野茂英雄が海を渡ったのが1995年。ドジャースの投手コーチだったデーブ・ウォレスは、野茂の日本時代の実績に敬意を表し、調整法やフォームはもちろん、組み立てについても、一切口をはさまなかった。「キープ・ダウン」の一言を除いては。この指示について聞くと、ウォレスは「浮いたボールは四球の連発以上に危険」と答えた。

 

 死語になったとまでは言わない。しかし、2017年頃からMLBを席巻し始めた「フライボール革命」により、「キープ・ダウン」は、かつてほど重要ではなくなった。抑制のきいた低めのボールでも、一定のスイングスピードを身につけた打者が角度をつけて打ち返せば、スタンドに届いてしまうのだ。

 

 今度はバッテリーが考える番だ。フルスイングの死角はどこか。答えは高めのボール球。だが、明らかなボール球に手を出す打者はいない。スピンのきいた4シームを、ストライクかボールぎりぎりのコースに投げ込む。低めも織り交ぜることで高低の幅を最大限、利用するのだ。その際に問題となるのが高低の塩梅である。田中流“ハイボール革命”の成否のカギを握るもの、どうやら、それも黄金比のようだ。

 

<この原稿は21年3月24日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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