TOKYO2020公式サイトによると<東京2020大会は、史上初のジェンダー・バランスがあるオリンピック大会であり、史上最多の女性選手が参加するパラリンピック大会>とのことだ。誠にご同慶の至りである。

 

 しかし、それだけでは不十分だ。インターセックスの選手を、どうすくい上げるか。この議論が遅れている。

 

 近代競技スポーツは「男」と「女」の「性別二元制」をベースに形成されてきた。だが、ジェンダーの多様性尊重が指摘される今、この枠組は限界に達しつつあると言わざるを得ない。

 

 キャスター・セメンヤという南アフリカの陸上選手がいる。言わずと知れた2012年ロンドン五輪、16年リオデジャネイロ五輪の女子800メートルの金メダリストだ。

 

 18年4月、国際陸連(現世界陸連)は男性ホルモンの一種であるテストステロン値が高い女性競技者に対し、<薬などで数値を下げない限り、国際大会への出場を認めない>新規定を設けることを発表した。医学的検査の結果、セメンヤは一般女性の3倍以上のテストステロンを分泌していることが明らかになっていたが、これはあくまでも先天的なものであり、彼女には何の非もない。

 

 同年6月、セメンヤはスポーツ仲裁裁判所(CAS)に新規定の無効化を申し立てたが、19年5月、CASは新規定を容認し、セメンヤの訴えを棄却した。それを受けIOCトーマス・バッハ会長は「とても同情する」と述べたものの、「改善に乗り出す」とは言わなかった。彼女は置き去りにされてしまったのである。

 

 今後、セメンヤが国際大会に出場するには、その条件としてあらかじめ薬などでテストステロン値を下げることが義務付けられる。国連人権理事会が<スポーツ組織は選手の人権を守り、大会に出る女子選手に不必要な医療行為を強いてはならない>と警告を発しているにも関わらず。

 

 考えてみれば不思議な話だ。ドーピングなどでは、あれほど厳格に「不必要な医療行為」を取り締まるIOCやIF(国際競技連盟)が、何の非もない女子選手に対して「不必要な医療行為」を強いるという矛盾。競技の公平性は人権をも上回るのか。言うまでもなくIOCはあらゆる差別に反対している。一度、立ち止まって考えてみたい。

 

<この原稿は21年3月31日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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