第200回 キックの鬼死す 飛び膝蹴り伝説(沢村忠)
〽行くぞゴングだ 飛び出せファイト 出てくる奴は ワン ツウ パンチ
私たちの世代の男性で、この歌を知らない者は、まずいないだろう。
さる3月26日、肺がんのため78歳で亡くなったキックボクサー沢村忠さんの半生を描いたテレビアニメ「キックの鬼」の主題歌だ。マイクの前で歌っているのも沢村さんだ。
原作は劇画界の巨匠・梶原一騎で、視聴率は30%を超えたという。
沢村さんと言えば、代名詞は「真空飛び膝蹴り」だ。これをよく真似して、学校で叱られたものだ。
一撃で相手を倒す必殺技だが、沢村さんは最後の最後まで、これを出さなかった。同じTBS系列で放送されていた「水戸黄門」の印籠と一緒である。
放送時間内に収まるのか……。こちらがやきもきしていると、満を持して、これを発射するのだ。命中すると、ほとんどのタイ人は、鉄砲で撃ち落とされた鳥のように無抵抗のままマットに横たわった。
通算成績は驚異の241戦232勝(228KO)5敗4分け。
フィニッシュと同時に流れるYKKファスナーのCM。死んだオヤジはフフッと笑って「締まりがいいな」とつぶやいたものだ。
そう言えば番組の正式名称は「YKKアワー キックボクシング中継」だった。
いずれにしても「真空飛び膝蹴り」は、私たちの世代の少年にとっては「国民的必殺技」も同然だった。いったい、どれだけの少年に影響を与えたのだろう。
後に「タイガーマスク」となる格闘家の佐山サトルも、そのひとり。「将来、格闘家になりたいと思ったきっかけは中学生の頃、沢村忠さんの試合をテレビで観たこと。それで、まずレスリングを始めようと。沢村さんの試合を観ていなかったら、この道には進まなかったと思いますね」と語っていた。
忘れられないのは1975年のチューチャイ・ルークパンチャマ戦だ。不死身と信じて疑わなかった沢村さんがチューチャイの右ストレート一発でキャンバスに沈んだのだ。確か意識を失い、そのまま担架で担ぎ出されたと記憶している。
私の目にチューチャイはタイからやってきたテロリストのように映った。
昭和のヒーローといえば、ON(王貞治と長嶋茂雄)、力道山、大鵬、F原田、G馬場、A猪木、そして沢村……。キックの鬼は、永久に不滅です。
<この原稿は『週刊漫画ゴラク』2021年4月30日号に掲載されたものです>