視覚障害者の3人にひとりがホームからの転落を経験していることは小欄で何度か取り上げた。パラリンピックを迎えるにあたり、これで大丈夫かと問題提起もしてきた。

 

 昨年11月29日には視覚に障害のあるマッサージ師の60代男性が、東京メトロ東西線東陽町駅で線路に転落し、死亡した。

 

 日本視覚障害者団体連合は、こうした事故を防ぐため、早くから国土交通省にホームドアの整備を求めている。昨年9月、同省の赤羽一嘉大臣は「今後は10万人未満(1日あたりの平均利用者数)の駅でも必要な所に整備する」と回答した。

 

 政府もホームドアの整備に手をこまねいているわけではない。平成18年(2006年)度末に全国でわずか318しかなかったホームドア設置駅は、5年後の平成23年(2011年)度末に、はじめて500を突破(519駅)し、令和元年(2019年)度末には858にまで増えた。

 

 それでも全国の駅のホームドア普及率は、まだ全体の9%にとどまっている。1駅あたり億単位の費用がネックとなっており、鉄道事業者はもとより、補助金を出す国も自治体も「無い袖は振れないのが実状」(自治体関係者)だという。しかし、本当にそれだけが理由なのか。

 

 過日、視覚障害者でもある日本パラリンピック委員会委員長の河合純一と久しぶりに話をしたことで、課題が鮮明になってきた。開口一番、河合は言った。「ホームから落ちている人の大半が実は健常者なんですよ」。要するに健常者の側に当事者意識が足りないということのようだ。彼は続けた。「今の議論は、あたかもホームドア=障害者を救う、という図式になっている。だから社会の少数者のために、なぜ運賃に上乗せまでして、ホームドアを設置しなければいけないのか、という人が出てくる。酔っ払っても誰もがタクシーで家に帰れるわけではない。中には千鳥足でホームを歩いている人もいるでしょう。そういう人たちまでもが(ホームドアの)設置により恩恵を受けるんだという発想が必要になってくると思われます」

 

 河合に指摘され、恥ずかしながら“上から目線”でモノを考えていたのではないか、とハッとさせられた。ホームドアは視覚障害者のみに必要なセーフティネットではないのだ。近年はホームを歩いていた高齢者が熱中症で倒れた例も数多く報告されている。ホームドアにより救われる命は視覚障害者だけではない。まずは、その認識を共有しておきたい。

 

<この原稿は21年5月12日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


◎バックナンバーはこちらから