空はどこまでも青く晴れ渡っているのに、心はすっぽりと深い霧に覆われたまま。今年もまた、さえない大型連休を過ごしている。会食はご法度、不要不急の外出もまかりならん、とあらば、テレビの前でゴロゴロするしかない。最大の楽しみは早起きしてのメジャーリーグ観戦だ。

 

 目当ては大谷翔平だ。虹を描くような弾道の美しいこと、美しいこと。投げれば101マイル(163キロ)。走れば高性能のスポーツセダン。存在そのものがスペクタクルである。

 

 このところ「ベーブ・ルース以来100年ぶり」というフレーズを、よく見聞きする。ホームラン数でリーグトップの選手が先発登板するのが100年ぶりなら、複数年での4盗塁&3先発以上もルース以来。ただし、こちらは102年ぶりだ。

 

 米国で100年前といえば、まだ禁酒法の時代である。ルースは禁酒法時代のスターだった。ならば大谷は“家飲み”時代のスターか。退屈な日常に潤いと刺激を与えてくれる。

 

 野茂英雄が真に偉大なのはア・ナ両リーグで計2回のノーヒッターを達成したことでもなければ、日本人メジャーリーガーの実質的なパイオニアとなったことでもない。232日間にわたるストライキで瀕死の状態に陥っていたメジャーリーグの救世主となったことである。「ヒデオ! メジャーリーグはキミに救われたよ、ありがとう」。トルネード旋風を巻き起こした1995年シーズンが終わった日、リバーフロントスタジアムのロッカールームで聞いたレッズの主砲ロン・ガントの一言を、私は未だに忘れることができない。

 

 同様にイチローが真に偉大なのは日米通算4367安打をマークしたことでもなければ、メジャーリーグのシーズン最多安打記録を84年ぶりに更新したことでもない。筋肉増強剤の影響で“たまや~”“かぎや~”とばかりに連日連夜、“花火大会”の様相を呈していたメジャーリーグに打つ、走る、守る――米国人が忘れかけていたベースボールの不朽の原点を取り戻したことである。その意味で彼もまた「救世主」だった。

 

 近年、社会を覆う閉塞感を生成する要因のひとつとして「アンコンシャス・バイアス」(無意識の偏見)を挙げる者が少なくない。「女性には無理」「障がい者にはできない」。「二刀流は不可能」も、その文脈で語られるべきものだ。偏見に挑戦し、勝利した大谷も「救世主」の有資格者だろう。いや、まだ早いか…。

 

<この原稿は21年5月5日付『スポーツニッポン』に掲載されたものを一部再構成しました>


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