チームの救世主は身近にいた。

 

 

 サッカーJ1の鹿島アントラーズは今季、出だしから不振にあえいでいた。リーグ戦8試合を消化し、4月14日の時点で2勝2分け4敗、勝ち点8の15位。

 

 ここでフロントが動く。「フロントが考えている選手の評価、サッカーのやり方と(監督の考えに)ズレが生じた」(鈴木満フットボール・ダイレクター)ことを理由にブラジル人監督のアントニオ・ザーゴを解任したのだ。

 

 もっともザーゴにも気の毒な面はあった。新型コロナウイルス感染拡大の影響により、新戦力として期待されていたMFディエゴ・ピトゥカ、MFアルトゥール・カイキのふたりのブラジル人選手の合流が大幅に遅れてしまった。ふたりがクラブに合流できたのはザーゴ解任後だった。

 

 ザーゴの後継に指名されたのはトップチームのコーチを務めていたOBの相馬直樹だ。日本が初めて出場したW杯、1998年フランス大会には左ウイングバックとして3試合全てに出場を果たしている。クレバーなプレーぶりには定評があった。

 

 このシーズン途中での監督交代劇は吉と出た。相馬が指揮を執って以降、チームはリーグ戦で3勝1分け(5月9日時点)。降格圏一歩手前だったチームは9位(勝ち点18)にまで浮上した。

 

 前任者のサッカーと、どう変わったのか。ザーゴは、いかにもブラジル人らしく、自陣から短いパスをつなぎ、ボール支配率を高め、手数をかけてゴールに迫るスタイルを好んだ。

 

 それ自体、魅力のあるサッカーではあるのだが、パスがカットされ、カウンターの餌食に遭う場面が、散見された。

 

 相馬はDF出身らしく、こうしたシステムの穴を埋めた。前線からDFラインの距離は30メートル。サイドの選手は、相手がボールを持つや集団で囲い込み、奪ったボールをシンプルにサイドに展開する。オーバーラップした選手は手数をかけずに敵陣に攻め込み、シュートにつなげる。

 

「ジーコのサッカーが生かされている」

 そう語るのは鹿島OBの大野俊三だ。

 

「相馬は現役時代、全体練習終了後、コーチにタッチラインとゴールラインぎりぎりのところにボールを蹴ってもらい、全速力で追いつき、クロスをあげる練習を繰り返していた。サイドエリアの制圧はジーコが口を酸っぱくして言っていたこと。それを相馬は実行しています」

 

 オセロゲームではないが、サッカーも四隅が重要なのだ。

 

 新監督に就任した相馬は、こう抱負を口にする。

「派手に強いより、地味だけど強いアントラーズのサッカーを取り戻す」

 

 Jクラブ最多の主要タイトル20冠(Jリーグ8回、YBCルヴァン・旧ナビスコカップ6回、天皇杯全日本サッカー選手権大会5回、AFCチャンピオンズリーグ1回)を獲得している鹿島も、ここ2シーズン、タイトルとは縁がない。栄光を取り戻すための旅が始まった。

 

<この原稿は『サンデー毎日』2021年5月30日号に掲載されたものです>

 


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