二宮清純: 2013年に東京パラリンピックの開催が決まり、そこからパラスポーツに対する国内の認知度は高まってきました。パラリンピックを目指すアスリートが民間企業に雇用されるケースも増えてきましたが、デフ(ろう者)フットサルの環境も変わりましたか?

山本典城: デフフットサルはパラリンピックの実施競技ではありませんが、2013年から民間企業における障がい者雇用の法定雇用率が2.0%(2021年3月からは2.3%)に引き上げられたことで、デフスポーツのアスリートが雇用されるケースも増えてきたと実感しています。

 

伊藤数子: 山本さんが所属するケイアイスター不動産は、パラアスリートを雇用し、パラアスリートチームをつくっています。

山本: 「ケイアイチャレンジドアスリートチーム」(以下KCAT)は私が入社する前年に発足しました。現在は日本代表選手を含む、5競技(デフフットサル、デフサッカー、デフ柔道、車いすバスケットボール、車いすバドミントン)計9名のアスリートが所属しています。KCATが掲げる使命は、パラスポーツの認知度向上、地域・社会貢献、そして新しいアスリート雇用のかたちを追求していくことです。

 

二宮: KCATの存在が入社のきっかけに?

山本: そうですね。ケイアイスター不動産には、既に2人のデフフットサル女子日本代表選手が入社していたので、彼女たちから会社のパラスポーツに対する取り組みを聞きました。私自身、2013年に日本代表監督に就任してから、“パラスポーツの環境を整えなければいけない”と危機感を覚えていたんです。日本ろう者サッカー協会に任せきりになるのではなく、“自分たちからもアクションを起こさなければいけない”と。KCATの活動を通じ、パラアスリートの存在価値を示していきたい。それがパラアスリートの雇用機会を増やし、パラスポーツの環境改善にもつながると考えました。そして、もうひとつ大きな理由は、アスリートだけではなく、そこに携わるスタッフの環境改善と価値向上もパラスポーツ界全体の活性化には必要だという自分の考えにも理解を示していただいたからです。それに私が入社する前の2019年、スイスで行われたデフフットサルW杯での出来事も後押しとなりました。

 

二宮: 女子日本代表が過去最高の5位に入った大会ですね。

山本: はい。現地にケイアイスター不動産所属の代表選手2人が、ひと際大きい横断幕を持ってきたんです。そこにはたくさんの社員からのメッセージがびっしり書き込まれていました。“会社から応援されている実感を得られない”というアスリートがたくさんいるということも知っていたので、私はこの横断幕を見て、とても感銘を受けたんです。

 

二宮: パラスポーツに対する熱量を実感できたわけですね。パラアスリートが会社における存在価値を示すには、社業に対する貢献も大事なことです。例えばケイアイスター不動産会社で働くパラアスリートは、障がいのある人の目線で、誰もが暮らしやすい住環境を提案することができますね。

山本: おっしゃる通りです。実際に弊社のモデルハウスに車いすアスリートが行き、車いすユーザー目線で感じたことを、設計担当者と意見交換を行うこともあります。

 

 アパレル業界とのコラボ

 

二宮: 会社として貴重な戦力になりますね。

山本: はい。それは車いすユーザーだからこそできること。もちろんアスリートとして結果を出すためのトレーニングが一番大事ですが、1日の全ての時間を割くわけではありません。アスリート雇用されたことによって生まれた時間や余裕があれば、競技以外の面でも会社に貢献できるはずです。それをKCATが体現し、世の中に伝えていきたいと思っています。

 

伊藤: KCATの取り組みは、パラアスリートと企業との次のかたちを模索しているんですね。

山本: その通りです。弊社のアスリート雇用は、競技の結果に対するインセンティブがありますが、“結果が出なければ契約は終了です”という考え方ではありません。だからこそ選手たちには“競技以外のことで何ができるか”を常に問うてきました。例えば、イベントや体験会を通じて自治体や教育機関と連携した活動を行う。地域社会に貢献することも、自らの価値を示す方法のひとつです。

 

二宮: KCATでは、アパレルブランドとコラボして、グッズを作製したそうですね。

山本: はい。スポーツブランドのSoccerJunkyさんとパラスポーツの認知向上と普及活動を共に行っていくことを目的とした、パートナーシップを締結しました。私は日本におけるパラスポーツの認知度は、まだまだ低いと思っています。パラスポーツ界の中だけで動いていては、限界があります。もっと認知度を高めるためには、自分たちの思いに共感してくれる人たちをどんどん増やしていくことが必要です。

 

伊藤: 今後の目標をお聞かせください。

山本: まず2023年に開催されるW杯で世界一を目指すということに変わりはありません。ただ、仮にそれが達成できたとしても終わりじゃない。障がいの有無に関わらず、スポーツを通じて全ての人が豊かになるきっかけづくりをしたい。KCATの活動でパラアスリートには社会を変えられる力があるということを証明していきたいと思います。

 

(おわり)

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山本典城(やまもと・よしき)プロフィール>

デフフットサル女子日本代表監督。1975年11月9日、奈良県出身。サッカー、フットサル選手としてのキャリアを経て、2013年からデフフットサル女子日本代表監督に就任。2015年からの2年間はフットサルのバルドラール浦安ラス・ボニータス監督も兼任した。デフフットサルの指導者としては2015年タイW杯で6位、2019年スイスW杯で5位と、日本を過去最高成績に導いた実績を持つ。2020年4月よりケイアイスター不動産株式会社に入社。戦略開発本部PR課に勤務し、同社所属のパラアスリート集団「ケイアイチャレンジドアスリートチーム」のマネジメント業務などを行っている。

 

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