ラグビー日本選手権の決勝がさる5月23日、東京の秩父宮ラグビー場で行われ、パナソニックがサントリーに31対26で勝利し、6回目の優勝を果たした。医師を目指すため、今シーズン限りで現役を退いた福岡堅樹がトライを決めるなど、有終の美を飾った。今季、パナソニックの守備は安定していた。この優勝は堅守で手繰り寄せたと言っていい。堅い守りで日本一を達成したといえば2014年度の日本選手権を制したヤマハだ。当時の監督・清宮克幸に迫った2年前の原稿を読みかえそう。

 

<この原稿は2019年5月5日号『ビッグコミックオリジナル』に掲載されたものです>

 

 2015年は日本ラグビー界にとっては躍進の年だった。9月から10月にかけてイングランドを舞台に行なわれたW杯において、日本代表は初戦でW杯優勝2回の南アフリカを撃破して勢いに乗り、過去最高の3勝をあげたのだ。

 

 惜しくも勝ち点の関係で決勝トーナメント進出こそならなかったものの、日本ラグビーの歴史に輝かしい1ページを加えるとともに、世界をあっと驚かせた。南アフリカ戦の大金星はインターネットを通じたファン投票で「最高の瞬間」にも選ばれた。

 

 W杯の7カ月前に行なわれた日本選手権決勝(2014年度)は、イングランドでの日本代表の躍進を予感させるものだった。

 

 2月28日、快晴の東京・秩父宮ラグビー場。決勝初進出のヤマハ発動機ジュビロに対し、サントリー・サンゴリアスは日本一6回の実績を誇る。ヤマハの監督に就任して4年目の清宮克幸が古巣のサントリー相手に、どんな勝負を挑むか。ラグビー関係者のみならず多くのラグビーファンがそこに注目していた。

 

 先制したのはヤマハだ。前半7分、ラインアウトからチャンスを掴み、CTBマレ・サウが右中間に飛び込んだ。コンバージョンはFB五郎丸歩が難なく右足で決めた。さらに13分、五郎丸は40メートル以上のPGも決めてみせた。

 

 五郎丸のキックの精度はイングランドでも証明された。計58得点をあげる活躍で大会ベストフィフティーンに選ばれている。

 

 ヤマハの攻勢は続く。26分にはラインアウトから得意のモールに持ち込み、左に展開して最後はWTB中園真司が飛び込んだ。

 

 地味ながらもヤマハの底力が光ったのは後半10分過ぎの時間帯だ。五郎丸のタックルがシンビン(危険なプレー)と判定され、10分間の退場を命じられたのだ。

 

 だがヤマハのフォーティーンは動じない。粘り強いディフェンスでピンチをしのぎ、機を見ては反撃に転じた。

 

 フィナーレは、思わず拳を握り締めるほど清宮にとって会心のものだった。スクラムでボールを支配し、相手FWが音をあげるまで押し切った。サントリーはたまらずコラプシングの反則を犯し、最後はボールをタッチに蹴り出してノーサイド。4年かけてつくり上げてきたものが、かたちになった瞬間だった。

 

 15対3。完勝だった。

 

 2009年11月、リーマンショックの影響を受けたヤマハはラグビー部のリストラに乗り出した。チームは崩壊寸前で、プロ契約の選手たちが去るのも時間の問題と見られていた。そんななか、新たにヤマハ発動機の社長に就任した柳弘之から清宮は熱烈なラブコールを受けた。

 

「ヤマハはスポーツを生業として成長してきた会社だ。会社をV字回復させ、ラグビーも日本一をとる。ぜひ力を貸して欲しい」と。

 

「清宮さんと一緒だったらヤマハに残ってもいい」

 

 早大時代の教え子・太田尾竜彦の言葉に心が震えた。

 

 そんな清宮には堅固なラグビー哲学がある。

 

 スクラムの強いチームが勝利する――。

 

 スクラムの強化はサントリーの監督時代、コーチとして自らを支えた長谷川慎を招き、任せた。

 

「彼はスクラムコーチとしては、動きを言葉で伝えることのできる唯一の男。たとえば内側の足を、あと1センチ下げろ、右ヒザをあと3センチ沈めてみろ、とか言うんです。力を入れるにしても、肩の付け根の部分を使うんだ、とかね。ディフェンス・システムをつくり上げた堀川隆延ヘッドコーチとともに“助さん、角さん”の役割を全うしてくれました」

 

 この日本選手権、ヤマハのディフェンスの強さは際立っていた。準決勝の東芝戦、そして決勝のサントリー戦、ヤマハは相手に1トライも許さなかったのだ。

 

「トライを許さない。失点が少ない。要するに自分たちの方がボールを持っている時間が長いからなんですよ。では、なぜ長くボールを持てるのか。それはスクラムが強いからなんですよ。

 

 この年は特にそうでした。スクラムを組んでいる時にペナルティをとると、五郎丸がロングキックを蹴り、マイボールラインアウトでゲームが再開される。つまり構造的にボールを長く支配し続けられるんです」

 

 そして、続けた。

「僕は昔から思っていました。スクラムとラインアウトがあるからラグビーなのであって、そこを軽視して、やれタックルの回数がどうとかボールを触る回数がどうとか言っても、あまり意味がないんじゃないかと。相撲にたとえていえばスクラムでもみ合う時間は仕切りですよ。仕切りのない相撲なんて考えただけでも味気がない。それと一緒ですよ」

 

 清宮には忘れられない試合がある。2016年11月19日、ウェールズの首都カーディフのミレニアム・スタジアムで行われたウェールズ代表とのテストマッチだ。試合終了間際のドロップゴールにより30対33で惜敗したものの、ウェールズのロブ・ハラリー監督代行をして「勝利にふさわしいラグビーをしたのは日本だった。勝ったが負けたような気分だ」と言わしめた。

 

 PR山本幸輝、PR伊藤平一郎、LOヘル・ウヴェ、HO日野剛志、FL三村勇飛丸。FW8人のうち5人をヤマハ勢が占めた時間帯があった。先発したPR仲谷聖史を含めると6人が出場した。

 

「中には引退しようと考えていた選手、他のチームに断られ、トライアウトでウチに入った選手もいました。そんなヤツらが代表のジャージを着てウェールズのラグビーの聖地で試合をしている。僕は胸がジーンとしましたよ」

 

 チームを再建した清宮は人をも再生させた。それこそは指揮官の本懐だったに違いない。


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