新宿区荒木町に事務所を構えて、かれこれ10年になる。花街の面影を残す荒木町には粋な小料理屋や居酒屋がいくつも残っている。その中のひとつにTという店があり、新型コロナウイルスの感染が拡大するまで、週に2、3回はのれんをくぐっていた。

 

 数年前、たまたまカウンターに居合わせた人物に、こちらから話しかけた。俳優の桜木健一さんだ。TBSが1969年から71年にかけて放送したドラマ「柔道一直線」の主役だ。私たちの世代の男子で桜木さんに憧れ「地獄車」を真似しなかった者はいないのではないか。実際、布団をかぶって階段を転がり落ちているうちにケガをした者もいた。その桜木さん演じる一条直也が、“鬼車”こと車周作に命じられ、下半身強化のために履かされたのが鉄ゲタである。ドラマでは桜木さんが鉄ゲタで路上を走るシーンもあった。

 

 撮影での苦労はなかったか。桜木さんに聞いた。「危ないと思ったのはマンホールの上ですね。鉄と鉄だと滑るんです。また階段でもへりに金属がついていたりする。そこは注意しました。他にも一本歯の鉄ゲタで走るシーンもありましたよ」。テレビドラマとはいえ、撮影現場はリアルそのものだったのだ。

 

 全米女子オープン選手権を史上最年少の「19歳351日」で制した笹生優花の父である正和さんも、少年時代、桜木さんに憧れたひとりだという。彼女が鉄ゲタの代わりに両足につけた250グラムのおもり。アマの頃から笹生を取材している旧知のスポーツライター、キム・ミョンウさんは語る。「おもりを外すのは寝る時だけ。スクワットや打ち込み、ラウンドもおもりをつけたままやっていた」。正和さんと“鬼車”の姿が重なる。「驚いたのはプロになってからの日課。品川区内の自宅と品川神社を往復するのですが、50段の石段を走り切る。それも足と上半身のベストにおもりをつけたまま。こんなトレーニングをしたら大人の男だって潰れてしまいますよ。しかし本人は“日課ですから”とあっけらかんとしていましたね」。ジャンボ尾崎が「どんなトレーニングをすれば、こうなるんだ」と目を丸くしたという男子顔負けのスイング。ドライバーで262ヤードの平均飛距離を生む強靭な下半身は、こうして育まれたのだ。

 

「最近、昭和のスパルタ指導は全て否定される傾向にありますが、歯を食いしばって頑張る時期も必要ではないか。それを彼女は証明してくれたと思います」。一条直也からのメッセージである。

 

<この原稿は21年6月16日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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