今季限りで現役を引退したラグビー元日本代表の五郎丸歩が経営者への道を歩き始める。

 

 

 さる6月14日、静岡・アクトシティ浜松での記者会見でこう語った。

「2022年1月に開幕する新リーグでヤマハ発動機が新設するプロクラブにおいて、事業化、または地域貢献の象徴として、私もクラブの一員としてやっていきたいなと思っております」

 

 そして、続けた。

「先日、新社長の山谷(拓志/やまやたかし)さんとお話をさせていただく中で、このクラブの魅力を改めて感じ、このクラブにしかできないことが必ずあると思いました。

 また、その可能性を叶えてくれるだけの環境が静岡県にはあると確信しております。監督やコーチといった指導者、現場サイドではなく、マネジメントサイドの方で活躍していけたらと思い、このクラブ、この地を選びました」

 

 これまでラグビーは企業スポーツの象徴的存在だった。企業がスポーツチームを抱える大きな目的は①社威発揚、②広告宣伝、③福利厚生――この3つ。ラグビーはそれに合致していた。

 

 企業業績が好調なうちは、それでいい。しかし業績が悪化すると、スポーツは無駄なコストの対象と見なされ、カットされることが少なくない。すなわち廃部だ。

 

 バブル崩壊後、どれだけ多くの企業スポーツが姿を消したことか……。

 

 その意味で新会社(静岡ブルーレブズ)の設立は正しい選択である。チケット販売やスポンサー獲得、放送・配信権収入を柱とする事業会社の設立は、日本のラグビー界では初めての試みだという。

 

 ヤマハ発動機によると新会社は静岡県磐田市を本拠とし、バスケットボールのBリーグ茨城ロボッツで社長を務めた山谷が社長に就任する。

 

 慶應義塾大アメリカンフットボール部OBの山谷の下で五郎丸はスタッフとして働く。

 

 その山谷から五郎丸は「飾りではなく、しっかりとクラブ経営を学んで欲しい」と言われたという。

 

 スポーツの世界には「名選手、名伯楽にあらず」という言葉があるが、名選手が名経営者になるのは、それ以上に難しい。その意味で五郎丸のチャレンジにはロールモデルとしての期待がかかる。

 

 プロのクラブが成功するか否か――。それは“地域密着”の深化にかかっている。

 

 これまでラグビーは、ともすると“企業密着”だったが、地域との絆を強くし、リピーターを増やすことが収益向上のイロハのイとなる。その際、五郎丸のネームバリューが役立つことは言うまでもない。

 

 それにしても、と思う。指導者になるという選択肢はなかったのか。ラグビーファンの中には“五郎丸ジャパン”の誕生を夢見ていた人もいたであろう。

 

「どちらがワクワクするかをてんびんにかけた時にマネジメントの方がワクワクした。もう指導者(への道)には戻らない決意です」

 

 退路を断っての決断だったのだ。かくなる上は名経営者を目指して欲しい。

 

<この原稿は『サンデー毎日』2021年7月11日号に掲載されたものです>

 


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