スポーツはだれにでも平等だ。

 どんな立場にいようとも、始まったらルールに則り競技し、結果を争う。

 

 しかし、スタートラインに着くまで様々なハードルがあり、それは立場によって大きく異なる。その立場もスポーツの要素であると言ってしまえばそれまでだが、それをつくり出しているのが社会だとしたら……?

 

 ほんの5、60年ほど前まで、日本ではスポーツは男子がするものとされてきた。いや古くは世界的もそうだった。時代は変わり、女子スポーツに異論を唱える人はいない。それでも女子スポーツの報道は、容姿などが先行することも少なくなく、根底にある女子スポーツへの意識が垣間見えることも珍しくない。ただ、この数十年で大きく進歩したことは間違いないだろう。

 

 ところが、結婚をまたぐとまたハードルが増える。「結婚してまで選手をやるのか」という風潮はほんの少し前までは普通にあった。こちらも様々なスポーツにおいて先人たちが挑戦し、社会の概念を変えてきた。

 

 そして次は子どもだ。出産をした女性が選手を続けることには、いまだ大きなハードルがある。社会からは「子どもがいるのに自分のことをやっているのか」というような見方をされる。子どもを安心して預けられなければ練習にも取り組めないという現実もあり、実現は簡単ではない。ましてや大会や遠征でしばらく家を離れるとなると、解決すべき問題は多く、ハンディになっていることは否定できない。

 

 しかし、母となった選手が活躍するのを見ていると、精神的にも肉体的にも出産や子育てはマイナスばかりではなく、むしろプラスに働くことも多いことが伝わってくる。これに関しては、書くと長くなるので今回は割愛するが、彼女たちが子どもに相対している際の笑顔を見ていると、母親の強さを感じずにはいられないし、こうした選手が現場に戻りにくい現状は、スポーツ界にとっても大きな損出であると思う。

 

 母になった強さ

 

 いよいよ開催される東京オリンピック・パラリンピック。

 この大会にも多くのママアスリートが各国の代表に選出され、参加することになっている。やはり長い遠征は大変で、ましてやコロナ禍の規制が多い中で課題も出てきている。たとえば、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、海外からの選手の家族や友人の入国は認められていなかった。これでは授乳期間中の乳幼児のいるアスリートは参加できないということになる。

 

 これに対して、複数の選手から「特例を認めて欲しい」と訴えが出ていた。7月1日、組織委員会は、授乳中のアスリートには例外を設けることを発表。道が開けることになった。感染対策上疑問の声もあるが、彼女たちの一部でもある乳幼児を帯同できないとなると、実質上は出場への道を断つことになる。難しい判断だったと思うが、その判断をしてくれた組織委員会に感謝するとともに、感染対策との両立をさらに頑張って欲しい。

 

 さらにこんなニュースもあった。

 米女子陸上のスター、アリソン・フェリックスは、スポンサーと基金を立ち上げ、保育助成金で大会に参加する母親の育児費用を負担すると発表した。

Allyson Felix to cover childcare costs for athletes at Tokyo Olympics

https://thegrio.com/2021/07/12/allyson-felix-to-cover-childcare-costs/

 

 自らも母となったフェリックスは、自分だけでなく、他の育児中のアスリートのために、基金をつくってサポート。選手たちのコメントを見る限り、これは大きな力になったようだ。「母として、アスリートとして、女性がスポーツの世界で直面する障害を、私は身をもって知っています」。彼女の言葉はまさに現状の課題を示している。さらに「娘がモチベーションになってくれたことで、まったく新しい意欲が湧いてきました」という言葉には、まさに母となったことの強さも表れているではないか。

 

 誰もが彼女のようなことができるとは思わない。しかし、母でありアスリートである彼女たちが競技しやすい環境をつくれるような社会にしていくのは一人一人の力が必要だ。皆の心の中にあるハードルを一つずつ下げていかなければならない。

 

 今回の日本選手団の中にも、多くのママアスリートの名前がある。

 そんな彼女たちが活躍できるスポーツ界であれば、実力のある選手が現役を諦めずに済むし、それを応援できる社会は優秀な女性が活躍するチャンスがもっと広がるだろう。

 

 オリンピック・パラリンピックは、スポーツを通して社会を変えていくきっかけをつくったり、方向性を示すことも大切な役割。

 今大会を通して、育児中のアスリートがさらに活躍しやすい社会にしていけるのか。
コロナ対策やメダル争いだけでなく、こうした視点でも観戦すると、さらに意義深いものになるはずだ。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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