二宮清純: 東京オリンピックが開幕しました。8月4日にスタートする女子ゴルフには、日本代表の畑岡奈紗選手、稲見萌寧選手が出場し、メダル獲得の期待がかかります。そこで今回は2013年に日本女子プロゴルフツアー(JLPGAツアー)の賞金女王に輝いた森田理香子選手と、元週刊パーゴルフ編集者で現在はフリーランスのスポーツライターとして活躍中の金明昱(キム・ミョンウ)さんをゲストにお迎えし、女子ゴルフをテーマに語り合いたいと思います。

 さて東京オリンピックの注目は日本女子ゴルフ界の“黄金世代”(1998年4月から99年3月生まれ)の代表格・畑岡選手です。

森田理香子: 彼女は冷静にゴルフをするイメージがありますね。7月、アメリカツアー(LPGAツアー)のマラソン・クラシックでも優勝しました。10代からアメリカを主戦場にし、今も継続して参戦しているのはすごいと思います。

 

二宮: 畑岡選手は英才教育を受けていたそうですね。

金明昱: そうなんです。ゴルフを始めたのは11歳ですが、母親がゴルフ場に勤務していたので、小さい頃から競技に親しむ環境が近くにありました。中嶋常幸さんが後進育成のために立ち上げた「ヒルズゴルフトミーアカデミー」で育ちました。

 

二宮: 畑岡選手の同世代である勝みなみ選手は15歳でJLPGAツアーを優勝しました。若手の活躍が目立ちますね。

森田: 私がゴルフを始めたのは小学3年生。当時、ゴルフ場はジュニア料金がなく通常のメンバー料金を支払っていたので高かった。昔は大学に進学したり、他の競技から転向してきたりと段階を経てプロになる選手が多かったのですが、今は高校卒業後にプロになるのが当たり前になってきました。2歳ぐらいからゴルフを始める人も珍しくはありません。平均的なスタート年齢が早くなってきている分、辞める時期もどんどん早くなっている感じがします。

 

<ゲスト>森田理香子(もりた・りかこ) 1990年1月8日、京都府生まれ。京都府出身。祖父がゴルフ練習場を経営していたことがきっかけで8歳からゴルフを始める。アマチュア時代はナショナルチームで活躍。08年のプロテスト合格。圧倒的な飛距離と勝負強さを武器に日本女子プロゴルフツアー(JLPGAツアー)で台頭した。09年は賞金ランキング27位で初シードを獲得。10年に樋口久子IDC大塚家具レディスでツアー初優勝を果たした。13年には4勝をあげ、賞金女王に輝いた。16年にシード権を喪失。現在はJLPGAツアー解説の仕事やラウンドとトレーニングも続けている。身長164センチ。

二宮: 畑岡選手、勝選手ら“黄金世代”は、ジュニアの頃に宮里藍さんの活躍に影響を受けたそうですね。

森田: それは大きいと思います。私は黄金世代ではありませんが、藍さんが高校3年生でJLPGAのミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメントを優勝したのは特に印象に残っています。藍さんとは4歳違いなので、当時中学生の私は“高校生でもプロに勝てるんや”と感銘を受けましたよ。

 

二宮: もうひとりの東京オリンピック日本代表は稲見選手です。JLPGAツアーで通算7勝の21歳。今季の賞金ランキングは2位につけています。

: 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、今季の賞金ランキングは昨季の分と合わせた数字となっています。ただ稲見選手は今年だけで5勝を挙げています。その勢いで東京オリンピック日本代表も勝ち取りました。彼女の活躍にも期待です。

 

 オンオフの切り換え

 

二宮: 東京オリンピックの会場は埼玉の霞ケ関カンツリー倶楽部です。女子は8月4日からの4日間。猛暑も心配ですね。

森田: 私も日本ジュニア選手権でプレーしたことがありますが、すごく暑かった記憶がありますね。稲見選手は普段知っているコースなので有利だと思いますが、逆に海外を主戦場としている畑岡選手や海外の選手は日本の芝に苦戦するかもしれません。

 

二宮: 日本の芝と海外の芝はどう違うのでしょう?

森田: 海外の芝と比べると綺麗に整備されています。向こうの芝の方が強い。ラフもネチョッとしていたり、芝の特性に応じて打ち方も変わってきますね。また霞ケ関カンツリー倶楽部はラフが深いので、パワーが必要になる。ショットが飛ぶ選手の方が有利だと思います。

 

二宮: 3日目、最終日となってくると疲労も溜まってくるでしょう。

森田: はい。そこでうまく心と身体を休ませられる。オンオフの切り換えがしっかりできる人の方が強い。その点は海外の選手の方が強いかもしれませんね。日本人は比較的、失敗を引きずる選手の方が多い気がします。

 

二宮: 今大会は無観客開催です。ギャラリーの有無はプレーに影響しますか?

森田: それは人によって違いますね。ギャラリーがいた方が自分を奮い立たせられる人もいますし、逆にプレッシャーに感じてしまう選手もいます。

 

二宮: 今回の東京オリンピックには、母親の母国であるフィリピンの代表として出場する笹生優花選手にも注目が集まります。6月の全米女子オープンでは、最年少優勝という快挙を成し遂げました。

森田: 笹生さんは飛距離が魅力的な選手。それ以外の小技も含め全体的にレベルが高い。身体もしっかりしていて、海外の選手にも引けを取りません。それに精神的に強い。

 

<ゲスト>金明昱(きむ・みょんう) 1977年7月27日、大阪府生まれ。在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が10年南アフリカW杯出場を決めた後、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿した。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、AFCアジアチャンピオンズリーグ、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

二宮: 笹生選手のドライバーショットの平均は260ヤード。男子プロのジャンボ尾崎さんもその才能に驚いたと聞きます。

: ジャンボ尾崎さんは笹生選手のスイングを初めて見た時、「いったいどんな練習をしてきたんだ?」と彼女のお父さんに駆け寄り、いろいろ聞いたほどだったそうです。

森田: 最近の若い選手は皆飛距離が出ますが、笹生さんはどのクラブでも飛ばせる。ドライバー、アイアンなど、どのクラブでもスイングがしっかりしていますね。

 

二宮: よく下半身主導のスイングなどと言われます。

森田: 彼女の場合、上半身と下半身両方に筋力があると思います。全身をうまく使えている印象ですね。

 

: 森田さんも飛ばし屋ですよね。250ヤードぐらい飛ばしますよね。

森田: 飛んで、曲がっていましたけどね。アハハハ。でも今の選手たちは、もっと飛ぶ印象がありますね。

 

二宮: クラブの性能も良くなったんでしょうね。

森田: そうですね。ボールの性能も上がって、曲がらなくなってきた。昔は曲げるゴルフが主流でしたが、今は用具の性能に合わせて真っすぐ飛ばすタイプのゴルファーが多くなっていると思います。

 

 周囲がざわつくレベル

 

二宮: 笹生選手は身長166センチですから、ズバ抜けて身体が大きいというわけではありません。

: 笹生さんの場合はトレーニングの賜物だと思います。私も取材で初めて観た時に“質が違うな”と驚きました。そのくらい驚異的なスイングスピードでした。アマチュア時代からサントリーレディスオープンに出場していましたが、彼女のプレーに周囲がざわつくレベルでしたね。

 

二宮: 全米女子オープンは最終日の出だしが悪かった。それでも崩れない精神的なタフさを感じます。

森田: 最初にボギーを叩いても「まだ残りのホールがある」とプラス思考でいられる強さもあると思います。また海外を転戦する上で、いろいろな国の言葉をしゃべることができるのは大きい。

 

二宮: 日本語、英語の他に韓国語、タイ語、タガログ語(英語と並ぶフィリピンの公用語)と5カ国語を話せます。全米女子オープン優勝後のインタビューも英語で受け答えをしていました。

森田: 私は英語がしゃべれないのですが、やはり言いたいことが言えないとモヤモヤを抱えてしまう。笹生さんにはそういったストレスがないだろうし、その点も強みのひとつですね。

: フィリピンで伸び伸び育ったのも良かったと言われています。フィリピンの公用語は英語とタガログ語ですから、2つの外国語を習得することができた。

 

<聞き手>二宮清純(にのみや・せいじゅん) 1960年2月25日、愛媛県出身。スポーツジャーナリスト。スポーツ情報サイト「スポーツコミュケーションズ」主宰。

二宮: 練習環境はフィリピンの方がいいんですか?

: お父さんに話を聞くと、日本でゴルフをさせるとフィリピンよりお金がかかる。その点は日本よりも環境的に良かった、と。お父さんは現地のゴルフ場の会員だったので、「娘を練習させることができた」と言っていましたね。

 

二宮: 東京オリンピックには出場しませんが、“黄金世代”の渋野日向子選手も一昨年8月に海外メジャー(AIG全英女子オープン)を制しました。彼女はどの点が優れていますか?

森田: 笹生さんのようにズバ抜けた能力はなくても、ああいった大舞台で勝てるスター性はすごいと思います。あとは人を惹きつけるキャラクターもありますね。

 

二宮: 「スマイリング・シンデレラ」と呼ばれ、随分と話題になりました。黄金世代はタレントが豊富ですね。

森田: 彼女たちの技術は申し分ないです。ただ、その中でも笹生選手の強さは別格ですね。ゴルフは巧い人が勝つではなく、勝つ人が評価される世界。第一線で戦っているプロゴルファーは全員巧い。しかし、そこで勝てるか勝てないかの差が、トップクラスとそうではない選手を分けるんだと思います。

 

二宮: 東京オリンピックで日本人選手はメダル獲れそうですか?

: ホーム開催なので、何度も霞ケ関でプレーしたことがある畑岡さんは金メダル筆頭候補でしょう。稲見さんも当然、日本のコースや気候に慣れているのと、今年の調子からすればメダルは十分狙えます。ライバルは韓国とアメリカ。両国ともに最大4人の枠を手に入れているので、メダル獲得の可能性は自然と上がります。世界の女子ゴルフ界でトップを走る韓国勢には、メジャーでも勝っている選手がずらり。コ・ジンヨン(世界ランク2位)、パク・インビ(同3位)、キム・セヨン(同4位)、キム・ヒョージュ(同6位)の4人のうち、3人が表彰台に立つ可能性もあります。アメリカは現在、世界ラング1位のネリー・コルダが今年の全米女子プロゴルフ選手権で優勝し、初の世界1位の座につきました。絶好調なので、メダルの可能性が大きいです。姉のジェシカ(同15位)も五輪に出るので姉妹での活躍に注目です。レキシー・トンプソンも16年日本ツアーのワールドレディスチャンピオンシップサロンパスカップに初出場で初優勝している選手で、日本に馴染みがある身長180センチの飛ばし屋です。最後はやはりフィリピン代表の笹生さん。今年の全米女子オープン優勝で一気に注目されています。日本のコースにも慣れているので、金メダル獲得も十分あるでしょう。

森田: やはり日本人選手にメダルを獲って欲しいですね。チャンスは誰にでもあると思うので、畑岡さんと稲見さんの活躍に期待しています。

 

(後編につづく)

 

(構成・写真/杉浦泰介)