今年の体育の日、福島県のいわき市で「スパトライアスロン」が開催された。と言っても、これが何なのか理解できる人はほとんどいないだろう。無理もない、温泉とトライアスロンの融合であるこのスポーツが開催されたのは世界初なのだから……。
「林道トレッキング、温泉ウォーク、湯上りジョギング」この3種目を続けてやるから温泉トライアスロンというネーミング。確かに意味としては間違っていないけど、これを競技するってどういう事?
(写真:スタート前の和やかな風景、卓球の松下浩二選手も参加)
(写真:子供達もおおはしゃぎ! 楽天の山崎武司選手の顔も)
 そもそも温泉ってリラックスする為にあると思っていたが、そこで競技するというなんともミスマッチな企画。まったくイメージがつかめないけど、好奇心がむくむく湧いた私は「現場を盛り上げてくれ」という仕事の依頼を受ける事にした。しかし、なにをやるのかもわかっていないのにどうするのか? 頭の中が「???」の状態で現地に入ったものの、大会の概要がどうもつかめない。走って、温泉に入り、また走る。やる事は理解できたが、それを盛り上げるにはどうすべきか? だいたい、運営している人すらどうなる事か分からないと言っている。おいおい、大丈夫かこのイベント!?

(写真:緊張感のないスタート)
 とりあえずこの発想はどこから来たのかだけでも聞いておこうとプロデューサーに話を聞く。「オリンピックの際に足湯を持って行ったらアスリートに喜ばれまして。なにか温泉とスポーツのイベントをやろうと思ったんです」と分かるような分からないような答え。
 やはり実際に見るしかない、という事でスタート地点。ランニングウェアの選手たちが並ぶのは通常のランニング大会と同じ光景。でも、選手は皆ニコニコ。とても競技スタート前の緊張感はない。
スタートして林道コースに飛び出していく選手の姿も普通だが、やはり緊迫感がない。8.5キロの、意外にタフな林道を走った後に選手たちが飛び込むのは温泉プール。この中をまじめな顔して歩いている。

(写真:ゴール後の子供達)
 そして最後は湯上りジョグ。なんと、浴衣の着用と桶の持参が義務付けられている。ゴールで待っていると、浴衣の男女が桶をもって走ってくる。それを見ているだけでおかしくて笑ってしまう。おまけに「浴衣をちゃんと着てない人はマナー違反としてペナルティー」なんていうルールまである。浴衣の裾を押さえながら、トライアスロンのオリンピック選手が走る姿は間抜け以外の何者でもない。選手達もそんな馬鹿らしさが可笑しいらしく、皆笑顔のゴール。考えたら、こんな競技をまじめな顔してやっているほうがおかしい。
 子供の為にはもう少しゲーム要素を加えた「スパアスロン」も同時開催し、もはや運動会の障害物競走状態。粉だらけの顔した子供達が金魚を抱えて走ってくる姿は応援するというより、笑ってしまった。

(写真:これが正しいスパトライアスロンのフィニッシュ!?)
 それにしても「温泉地の余興スポーツ」と言ってしまえばそれまでだが、ここまで運営する方も、参加する方もまじめにしているとそれなりに盛り上がる。観客もやんややんやの大盛況だった。
 世の中、能力主義で効率優先。生産性第一で進んでいく時代。余暇においても「綺麗」や「カッコいい」にはお金出しても、「あほらしい事」を一生懸命する人は珍しい。そんな昨今、こんなばかばかしいイベントにもスポンサーが付き、それなりに成り立っているのをみると、日本もまだまだ捨てたものじゃない? 余分な「遊び」部分が生み出すものを切り捨てる世の中は息苦しくなってしまう。そう、発想は効率では生まれない。サッカーだってラクビーだって、もちろんトライアスロンだって、スポーツの多くは遊びから生まれたものなのだ。

(写真:トライアスロン女子オリンピック代表中西、西内、関根選手も楽しんだ)
 来年も開催するのはもちろん、他の場所でも開催をもくろんでいるという主催者。
 まだまだ「あほらしいイベント」を広める計画だ。ともあれ、汗にまみれた浴衣姿で、盛り上がる参加者やギャラリーを見ていると、少なくとも「温泉をもっと自由に楽しんで欲しい」という思惑は成功したのかもしれない。


白戸太朗オフィシャルサイト

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。
◎バックナンバーはこちらから