これを書くと「死者への冒涜」と批判されそうだが、致命的な失策に目をつぶり、追悼に際しては、歯の浮くような言葉を並べ立てることの方が、むしろ罪深い行為ではないか、と個人的には考えている。

 

 東京五輪が閉幕し、パラリンピックが開催されていた今年8月29日、IOCはジャック・ロゲ前会長の死去を発表した。ロゲ氏と言えば、「トウキョー」という甲高い声を思い出す向きも多かろう。2013年9月、ブエノスアイレスで開かれたIOC総会において、「TOKYO 2020」と書かれたカードを手に20年夏季五輪(21年に延期)の開催都市を発表した。それがIOC会長としての最後の仕事となった。

 

 後を襲ったトーマス・バッハ会長の評判が芳しくないこともあり、12年間の施政については好意的な書きぶりが目立った。在任中に創設した「ユース五輪」やアンチ・ドーピングシステムの構築については故人の功績と言っていいだろう。そこは評価したい。

 

 その一方で、01年7月、08年夏季五輪開催都市に中国の北京が選ばれた直後のスピーチは、チベットへの弾圧に抗議する多くの人権団体から批判を受けたにも関わらず、後々、それについて言及することはなかった。「五輪を開催することが中国の人権と社会関連の改善に大いに役立つことは明白だ」。その後の中国の人権状況は新疆ウイグル自治区や香港の例を見れば明らかなように、目を覆うばかりである。

 

 そして北京冬季五輪を約2カ月後に控えた今、五輪に3度出場したことのある中国の女子テニス選手の「消息」に世界の注目が集まっている。権力にとって好ましからざる人物が「消息不明」になるのは、この国のお家芸だが、よりよって「人権」を錦の御旗に掲げるIOCのトップが五輪開催の障害を取り除くべく火消しに走る姿は、異様を通り越して滑稽である。「IOCは中国政府の人権侵害に加担している」(ヒューマン・ライツ・ウォッチ)と人権団体から抗議の声が上がるのも当然だ。

 

 周知のように今年の東京大会から「国や組織、個人を標的としない」「大会の妨害行為とはならない」ことなどを条件に、IOCは競技会場内での選手の行動規制を一部緩和した。人種差別への抗議を込めた女子サッカー選手たちによる膝つきポーズは記憶に新しい。

 

 もし中国の人権問題に抗議する選手たちが、2月の北京で独自の「表現」を始めたら中国政府は、そしてIOCはどう出るのだろう。悪名高き国家安全維持法でも使うのか。ロゲ氏には、あれから21年後の中国の姿を、しかと見届けてもらいたかった。

 

<この原稿は21年12月1日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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