(写真:勝者となっても笑顔はなかった井上。リング上で「期待をはるかに下回る試合をしてしまった」と頭を下げた)

 14日、ボクシングのダブル世界戦が東京・両国国技館で行われた。WBA世界スーパー&IBF世界バンタム級タイトルマッチは統一王者の井上尚弥(大橋)がIBF同級5位のアラン・ディパエン(タイ)に8ラウンド2分34秒でTKO勝ちを収め、防衛に成功した。WBO世界ミニマム級タイトルマッチは同1位の谷口将隆(ワタナベ)が王者ウィルフレッド・メンデス(プエルトリコ)に挑戦。11ラウンド1分8秒TKOで王座奪取した。

 

“モンスター狩り”を宣言していた挑戦者を返り討ちにした。井上は2019年11月、WBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)決勝以来の日本のリング。日本のファンの前で、KO防衛を果たした。

 

 1ラウンドはじっくりと攻めた。時折、放つパンチに約7000人が詰め掛けた場内がざわめく。試合前は「皆さんの期待、想像を超える勝ち方をしたい」と語っていた。井上がどう勝つのか、いつ倒すのかに耳目は集まっていたが、最初の3分間は静かな立ち上がりとなった。

 

(写真:この試合に向けて磨いてきたリードジャブ。挑戦者の顔面を幾度もとらえていたが…)

 左のリードジャブを顔面に突き刺す。ここら徐々に仕留めにいくのか、そう思わせたものの、タイからの刺客に手を焼いた。「すごくタフで、何か狙っていると感じた」。井上が詰めてもパンチを返してくる。「自分はパンチがないのかとメンタルがやられそうになった」と振り返るほどだった。

 

 ダウンを奪ったのは8ラウンド。左を当てるとディパエンは大きくフラつき尻餅をついた。仕切り直した後、左フックを見舞う。2人の間にレフェリーが割って入り、試合を止めた。足元はおぼつかなく、挑戦者はレフェリーに支えられながら自らの陣営が待つコーナーに戻った。

 

(写真:来年に向けての展望も語った陣営<左から井上真吾トレーナー、井上、大橋会長)

 今後も「4団体統一にこだわっていきたい」と残り2団体となっているバンタム級のベルトを狙いにいく。WBC王者ノニト・ドネア(フィリピン)かWBO王者ジョンリール・カシメロ(フィリピン)との統一戦を目指すが、防衛戦をキャンセルしたカシメロは処遇が不透明な状況だ。井上は「こじれにこじれれば陣営と相談していきたい」と語る。

 

 大橋秀行会長も統一戦が組めなければ、スーパーバンタム級への変更も示唆しており、4団体統一から4階級制覇に切り換える可能性もある。果たして来年、井上が望むビッグマッチは実現するのか。今後も“モンスター”の動向に注目したい。

 

(写真:同期の世界王者・京口<左>と王座奪取を喜んだ谷口)

 セミファイナルでは、谷口が2年10カ月ぶり2度目の世界戦で悲願のベルトを奪取した。セコンドについたワタナベジムの同期、WBA世界ライトフライ級スーパー王者の京口紘人からも祝福を受けた。

 

 今回の対戦相手メンデスは、谷口が19年2月に敗れたビック・サルダール(フィリピン)を判定で下し、王座を獲得した。その後、2度の防衛を果たしていた。通算戦績は16勝1敗。6KOとKO率は高くないが、技巧派のサウスポーだ。

 

(写真:11ラウンドのラッシュ。相手の目を見て、ここぞとばかりに仕掛けた)

「カッコよくなくてもいい。勝つためだけに戦いました」。同じくサウスポーの谷口は序盤から積極的に仕掛けた。2ラウンドにダウンを奪うと、中盤は足を使って戦った。終盤は打ち合いの様相を呈した。11ラウンドに猛ラッシュ。一気に試合を決めた。

 

 谷口はリング上で、こう胸を張った。

「デビューしてから5年10カ月、ずっと追い求めてきてベルト。夢じゃないかと思っています。僕が完敗したサルダール選手にメンデス選手は勝っている。そのメンデス選手にしっかり勝てたので、2年前よりの自分より強くなれたと自信が持てました」

 

(写真:アマチュアボクシングで50戦以上のキャリアを誇る今村<下>を“秒殺”した武居)

 K-1からボクシングに転向した武居由樹(大橋)は今村和寛(本田フィットネス)を1ラウンド59秒で退けた。右フックで相手の足を止めると、右アッパーで仕留めた。立ち上がろうとした今村がロープ際にフラついて倒れたのを見てレフェリーが試合をストップ。これでデビュー3戦すべてが初回KO勝ちだ。今村は試合後、「59秒ですごく差を感じました」と肩を落とした。

 

 順風満帆なホープに、八重樫東トレーナーは「いつまでもこれが通用するわけじゃない。倒せるうちは倒してもいいが、経験としてワンツーを打ってほしかった。右を当てるのは上手なんですが、左を使いたかった」と注文を付けたが、それも期待の高さゆえだろう。

「仕留めにいく嗅覚がある。そこの大胆さは天性のもの。元々完成されたキックボクサー。それをボクシング仕様に仕上げていくかたちができればと思っています」

 

 K-1スーパーバンタム級元王者の武居は、昨年12月にボクシング転向を表明した。K-1ファンに報告した場所が、この両国国技館だった。

「僕の夢はボクシングでも世界チャンピオンになることです」

 そう語った特別な地で、圧巻のKO劇を演じてみせた。

 

(写真:ボクシングに転向後、最速のKO勝利。PPV配信となった興行も意識し、KOを狙っていたという)

「ここからがスタート。チャンピオンになるまで気を抜かないで頑張ります」

 K-1とボクシングの変則2冠へ。25歳が描く夢物語はこれからも続く。

 

(文・写真/杉浦泰介)