「何の仕事でもそうですけど、就職が決まったら、まずそこの会社の社長が出している本を読むのが普通ですよね?」。そう水を向けると、古田敦也は即座にこう返した。「(プロ野球界は)普通じゃないんですよ(笑)。社会が違うんです。僕は試合に出たかった。そのためには監督の目指す野球を理解するしかなかったんです」

 我が意を得たり。というのも最近、ルーキーに取材するたびにがっかりすることが多かったからだ。経験上、成長しないのはこんなセリフを口にするタイプ。「監督やコーチから“こうしろ”と指導されても、全部は聞かないようにしています。プラスになるかどうかわかりませんから」。きっと悪い先輩から良からぬ話を吹き込まれたのだろう。

 おかしな話だ。まがりなりにも監督やコーチはこの道で何年、いや何十年もメシをくってきた熟達の野球人である。話を全部聞かないなんて、もったいないにも程がある。それこそダシが出るまで口の中で咀嚼して骨の部分だけ吐き出せばいいのだ。頑固さは時に必要だが、それと食わず嫌いは似て非なるものである。

 古田はヤクルトに入団前、就任したばかりの野村克也監督(現楽天監督)の著書をできるだけ購入し、読みまくったという。「こんなくだりがありました。“足の速いキャッチャーは大成しない”。彼らは本能的なプレーを好むから思慮深さが求められるキャッチャーには合っていないと。実はプロに入った時、飯田哲也という足も肩もいい素晴らしいキャッチャーがいた。僕より3つ年下ですが、いずれ最大のライバルになるだろうと思っていた。でも、僕には余裕があった。“こいつ、監督好みじゃないから、いつかコンバートされるだろうな”と(笑)。案の定、春先に飯田はコンバートされた。その後は1番センターで大活躍。これが監督のいう“適材適所”なんだなと。皆さんは意外なコンバートだと思ったようですけど、僕は事前に予習していたので意外でも何でもなかった」

 スプリング・トレーニングがスタートするまで、あと約2週間。「書を捨てよ、町へ出よう」と言ったのは故・寺山修司だが、プロ野球のルーキー諸君にはこう言うべきだろう。「書を買おう、部屋に戻ろう」。上司の性格も知らず思考も読めない者が、知略の限りを尽くす敵との勝負に勝てるわけがない。

<この原稿は08年1月16日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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