「とにかくケガせず、頑張りたい」。ロイヤルズとマイナー契約を結んだ野茂英雄は自身のHP上でこう抱負を述べた。「ケガさえしなかったら、まだやれる自信はある」。これが彼の本音だろう。

 野茂が遊離軟骨、俗に言う“ネズミ”の除去手術を受けたのが一昨年の6月。症状にもよるが、リハビリを経て、元の状態に戻るには約1年かかると言われる。その意味では今季が勝負の年となる。

「僕は先発しかできない」。それが野茂の口ぐせだ。私はそうは思わない。リリーフでも十分、メジャーリーグでやっていけるだけの力を秘めている。一見、不器用そうに見えるが、彼は意外に器用である。

 思い出してほしい。ドジャース時代、野茂が初めてノーヒッターを達成した時のことを。相手はロッキーズ。6回裏、ロッキーズの先頭のエリック・ヤングが四球を選び、一塁に出た。2球目だった。ヤングがスルスルとリードを広げようとした瞬間、野茂の腰が鋭くターン、矢のような牽制球がエリック・キャロスのファーストミットに突き刺さった。まさか、こんなに牽制がうまいとは……。ここ一番でしか見せない修羅場のテクニックだった。

 個人的には「クローザー野茂」を一度、見たいと思っている。ピンチを三振で切り抜けるテクニック、ランナーを背負ってからの集中力は、まだまだ他の追随を許さない。かつての江夏豊のように幕引き屋としての新境地開拓を期待しているのだが、本人はリリーフには興味を示さない。

 というより、先発に勝る魅力をリリーフでは見いだせないのだろう。今でもそうだが、野茂は自らが投じた一球一球を試合後、すべて検証し、本人の言葉を借りれば誤りを訂正してから眠りにつく。先発完投を生き甲斐とし、その過程に無上の喜びを感じているのだ。

 しかし、現在の野茂を取り巻く状況は甘くない。契約に救援ボーナスを盛り込んだのは「メジャーに上がれるのならリリーフでも何でもやる」との意思表示だろう。それがまだ試されていない新しい能力の発見につながるのではないか。いずれ先発に戻るにしても、リリーフの経験はマイナスにはならないはず。トルネードが「伝説」と化すのはまだ早過ぎる。

<この原稿は08年1月10日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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