北京冬季五輪開幕まで1カ月を切った。大会のスローガンは「一起向未来」(共に未来へ)。地球規模の課題を世界が結束して克服し、共に手を携えて未来を切り拓いていこう、との意味が込められているという。

 

 語呂合いとして中国主導で進められているアジア、欧州、アフリカにまたがる経済圏構想「一帯一路」を思い浮かべてしまう。

 

 考えてみれば五輪も経済圏構想も中国では習近平国家主席が唱える「中華民族の偉大な復興」を実現するための一つの手段であり、覇権主義国家ならではの野望と不遜が見てとれる。

 

 鄧小平氏が実権を握っていた時代は「韜光養晦」(爪を隠し、才能を覆い隠し、時期を待つ)を合言葉にしていたが、衣の下の鎧を隠そうともしないのが今の中国である。

 

 昨年末、政府は北京五輪に政府高官を派遣しないことを表明した。遅まきながら、新疆ウイグル自治区での人権侵害などを理由に「外交ボイコット」を宣言していた米国や英国などと足並みを揃えた。

 

 日本側から出席するのはIOC委員でもあるJOCの山下泰裕会長と東京大会組織委の橋本聖子会長。2人とも「IOCからの招待」というのが政府の見解だが、微妙なのは現職の参院議員である橋本氏。好意的に解釈すれば、絶妙のクセ球だ。格式を重んじる中国からすれば「元五輪大臣」の出席は面子が保たれる「最低限の外交儀礼」ということになるのだろう。

 

 外交ボイコットについて聞かれた岸田文雄首相は、かねて「国益に照らして判断したい」と述べていた。その伝で言えば、同盟国の米国と歩調を合わせつつも、隣国の中国を刺激しない実によく練られた“落とし所”と言えなくもない。

 

 このように外から見れば、岸田政権はなかなかの外交巧者である。しかし、何かすっきりしない。モヤモヤが残る。なぜかと言えば、やはり事が五輪に関する問題だからだろう。

 

 五輪憲章ではオリンピズムの根本原則として<人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進>を高らかに謳い上げている。にもかかわらず強権中国に対し、見て見ぬふりをし、言うべきことも言わず、ただただうまく立ち回るのは道義に反するのではないか。

 

 一方で外交ボイコット反対派の中には、「中国を批判すればウイグルなどの人権問題が改善されるのか」と冷めた見方をする者もいる。沈黙は消極的な支持であり、それこそは五輪精神に最も反した振る舞いであると知るべきだろう。悲しいかな、その右代表がIOCである。

 

<この原稿は22年1月5日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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