映像を見た瞬間、戦争でも始まったのかと思った。雪雲に向け、何者かが次々にロケット弾を撃ち込んでいるのだ。目的は人工降雪。場所は北京冬季五輪のスキー会場となる河北省張家口市。この映像はCCTV(中国中央テレビ)が製作したもので、20日からの3日間で計145発が発射されたという。開幕を間近に控え、轟音は景気付けの意味合いもあったのか。

 

 実はこれ「クラウド・シーディング」と呼ばれる気象改変技術のひとつで、ロケット弾にはドライアイスやヨウ化銀などが注入されている。これらの物質で雲の内部構造を変化させ、人工的に雨や雪を降らせることができるのだという。実際145発を撃ち込んだ張家口市では、1センチ程度の積雪が確認された。

 

 こうした気象改変は中国にとってお手の物だ。2008年の北京夏季五輪では開会式の天気予報が雷雨だったため、当局は昼過ぎから北京市上空を覆い始めた雨雲に向け、1000発以上のロケット弾を市内や周辺都市から撃ち込み、早めに雨を降らせた。こうして雨雲を消し去り、開会式は公約通り「晴れ」で迎えることに成功したのである。

 

 同様のテクノロジーを用いて、中国は昨年7月1日、天安門広場で中国共産党100周年記念式典が開催された際も、激しい雨をもたらす積乱雲に向けて事前に数百発のロケットを発射し、降雨の時刻を早めている。

 

 話を冬季五輪に戻そう。米ブルームバーグ・ニュースは今回の北京大会を「人工雪に完全に依存する最初の五輪」(1月22日配信)と位置付けている。記事では仏ストラスブール大学の地理学者カルメン・デ・ジョン氏の「フェイク・スノーが溶けると環境に有害である可能性もある」とのコメントも紹介している。

 

 有害とされるのはロケットに注入されたヨウ素と銀の化合物であるヨウ化銀。中国当局は「安全と環境に影響を与えることはない」と強調しているが、ある日本の専門家は「散布濃度にもよるが、生態系への悪影響は否定できない」と懸念を示した。

 

 不思議なのはIOCの静観である。五輪憲章には「環境問題に対し責任ある関心を持つことを奨励し支援する。またスポーツにおける持続可能な発展を奨励する」との文言がある。果たしてロケット弾を発射してまでの人工降雪が「スポーツにおける持続可能な発展」につながると考えているのだろうか。自然への強権発動は、後に大きな災いをもたらしそうな予感がしてならない。

 

<この原稿は22年1月26日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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