素人に毛の生えた程度といったら叱られるかもしれないが、その所作はお世辞にもプロのレベルに達しているとはいえなかった。開幕2軍スタートが決まった怪物ルーキー中田翔(北海道日本ハム)の内野守備である。

「(ボールが)飛んできたらどうしようかと考えてしまって、打つほうにも影響した」と本人自ら吐露しているくらいだから、基本をマスターする上で、むしろ2軍スタートは好都合だったのではないか。鎌ヶ谷の土に塗れることできっと多くのものを得ることができるはずだ。

 22年前にも怪物ルーキーがいた。中田が憧れるという清原和博(現オリックス)だ。高校時代から、ほぼファースト一筋できたということもあり、中田に比べれば足の運びもグラブさばきもサマにはなっていたが、さすがに達者揃いの西武の中では見劣りがした。

 古い取材ノートにルーキー時代の彼の次のようなコメントが残っていた。「正直言うと、“守備は好かんなァ。早く守備練習終わらんかなァ”と思う時があります」

 そんなルーキーに守備の大切さを教えたのが、一、二塁間を組む名セカンドの辻発彦(現中日2軍監督)だ。辻は陽焼けになど、まだ何の興味も示していなかった初々しさの残る18歳に「守備は好きにならんといかんぞ」と諭すように言った。

「好きになったとして、ではどうすれば辻さんみたいにうまくなれるんですか?」。そう聞き返した清原に、辻は答えた。「キヨよ、オマエはグラブの指先にまで神経を通わせているか。グラブを自分の手だと思え」

 清原の守備に対する意識が変わったのはそれからである。ちなみにファーストでの5度のゴールデングラブ賞受賞は駒田徳広の10度、王貞治の9度、中畑清の7度に次いで史上4位タイだ。

 中田に話を戻そう。守備に自信があればバッティングが、たとえスランプに陥ってもグラブでチームに貢献することができる。しかしバットもダメ、守備もダメとなれば本人は立つ瀬があるまい。やはり鉄は熱いうちに打つべきだろう。

 だが、一朝一夕で守備はうまくならない。清原がそうだったようにプロの技術を習得する上で良き師、良き先輩との出会いは不可欠である。清原における辻のような存在が中田にも必要である。

<この原稿は08年3月19日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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