カザフスタン出身のボクサー、ゲンナジー・ゴロフキンは民族衣装の「チャパン」を着て入退場する。退場の際、それを相手に着せるシーンを初めて目にした。

 

 

 試合後の会見で、ゴロフキンはその理由を、こう語った。

「カザフスタンでは(チャパンは)最も尊敬する人に贈るという慣習がある。リスペクトするムラタに敬意を表し、着せたんだ」

 

 さる4月9日、さいたまスーパーアリーナで行われたWBA・IBF世界ミドル級王座統一戦はIBF王者のゴロフキンが9回TKOでWBAスーパー王者の村田諒太を破り、2団体統一王者となった。

 

 ゴロフキンは現役ながら伝説の色に染められたボクサーだ。村田戦前の通算戦績は43戦41勝(36KO)1敗1分。通算21度の防衛回数は同級歴代最多。

 

 一方の村田はロンドン五輪の金メダリスト。デビュー14戦目でWBA世界ミドル級王者となり、ここまでの戦績は18戦16勝(13KO)2敗。激戦区のミドル級で、防衛を果たした日本人は彼だけだ。

 

 下馬評は、ゴロフキンの「8対2」ないし「7対3」。村田も36歳と若くはないが、ゴロフキンは40歳。既にピークは過ぎていた。

 

 そんなゴロフキンに対し、村田は“攻撃は最大の防御”とばかりに序盤から仕掛けた。2、3ラウンドは左右のボディーブローが的確にヒットし、絶対王者を後ずさりさせた。

 

 会場には「ナイスボディー!」の声が飛んだ。大観衆も村田と一緒に戦っているようだった。

 

 だがゴロフキンは、やはりホンモノだった。村田の攻め方に慣れた4ラウンド以降は主導権を握り続けた。離れてよし、接近してよし。多彩なパンチで村田の鉄壁のガードを打ち抜いた。

 

 そして迎えた9ラウンド。ロープに詰めて左右の連打を見舞い、かろうじて脱出した村田のテンプルに追い打ちの右フック。村田がキャンバスに崩れ落ちた瞬間、試合は終わった。

 

 2分11秒、ゴロフキンTKO勝ち。

 

 試合後の会見で、傷だらけの村田は「(ゴロフキンには)強さよりも巧さを感じた」と語り、続けた。

 

「最初は無理やりにでも相手を倒してしまう、というイメージを持っていた。しかし、実際に戦ってみると、ブロックの間から(パンチを)入れてくる技術にしても角度にしても、相手の方が一枚も二枚も上でした。総合力でやられました」

 

 またディフェンスも巧みで「(パンチが)強く当たる距離でもらってくれない。微妙に(タイミングが)ズレるんです。強い選手とやってきた経験は、僕にはないものでした」と殊勝に語った。

 

 そのゴロフキンをして「タフでスタミナもあった。ギリギリで戦うような試合展開だった」と言わしめたのだから村田も立派なものである。世界の俊英たちが集うミドル級の魅力を凝縮した一戦となった。

 

 通算22度目の防衛に成功したゴロフキンには世界4階級制覇王者サウル・アルバレスとの3度目の対決が待っている。伝説への階段は、まだ続いている。

 

<この原稿は『サンデー毎日』2022年5月1日号に掲載されたものです>

 


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