いよいよ待ちに待ったロンドンパラリンピックイヤーとなりました。オリンピック同様、今後は出場権をかけた争いが本格化し、各競技において代表選手が誕生していきます。パラリンピックは英国の医師ルードヴィッヒ・グットマン博士が、脊損患者のリハビリの一環としてロンドンオリンピック(1948年)の開会式の日にスポーツ大会を行なったことが始まりです。つまり、ロンドンはパラリンピック発祥の地。開会式が行なわれる8月29日に向けて緊張が高まっています。
(写真:1月11日に行なわれた記者会見では高橋応援団長・川崎副団長もかけつけた)
 さて、これまでこのコーナーで何度も取りあげてきましたが、パラリンピックはもはやオリンピックにひけをとらないほど、「超エリートスポーツ」と化しています。国家予算をかけて戦略的にメダルを狙わないと勝てない時代なのです。ところが、わが国では未だにパラリンピックに対しての関心が希薄であり、世界の動向とはかけ離れた状態にあります。オリンピックと比較しても、パラリンピックは何か「他人事」になっていると感じることも少なくありません。

 そこで、こうした状況を打開しようと、健常者と障害者の枠を超えて、全ての人々が幸せに暮らせる日本を創出するプロジェクト「Sports of Heart」を立ち上げました。その第一弾として、パラリンピック選手たちを応援する、「パラリンピアンズと文化のコラボレーションイベント」が、3月2〜4日の3日間にわたって開催されます。スポーツ選手、ミュージシャン、文化人等が恵比寿ガーデンプレイスを中心とした会場に一堂に会し、さまざまな催しが行なわれるのです。

 このイベントの主旨は、さまざまな層の方にパラリンピックという世界最高峰の舞台があること、それを目指して努力しているアスリートたちがいるということを知ってもらうことにあります。そして、それを知った上で、共感・賛同してもらえる人たちには、オリンピック同様、選手たちを応援してもらいたいのです。

 ナビゲーターの必要性

 今回のイベントでは、これまでになかった新たな試みがいくつもあります。まず一つは、パラリンピアンズにエールを送る応援団長・副団長を迎えたことです。応援団長は高橋尚子さん(シドニー五輪女子マラソン金メダリスト)、副団長は川崎憲次郎さん(元プロ野球選手)です。お二人には、このイベントの主旨を理解していただき、快く引き受けていただきました。本当にありがたいことです。

 では、なぜお二人に応援団長・副団長をお願いしたのか。それは、これまでの障害者スポーツのイベントとは違う、新たな試みを取り入れたいと思ったからです。これまでもパラリンピアンズ自身が「私たちを応援してください」という呼びかけは行なってきました。しかし、それではどうしても「他人事」に聞こえてしまいます。身近に障害のある人がいなければ、そう感じてしまうのは仕方のないことです。ですから、呼びかけても呼びかけても、なかなか心に響かせることができなかったのです。

 また、「他人事」に聞こえてしまう理由はもう一つあります。日本ではパラリンピアンズの名前が、ほとんど知られていないということです。例えば、いくら「プロ野球選手だよ」と言われても、名前も知らない、どんなプレーをするかもわからない選手には、あまり興味をもつことができませんよね。ましてやパラリンピックという世界最高峰の舞台の存在さえ、蔑ろにされている傾向が強い日本では、パラリンピアンズの名前を一度も聞いたことのないということは多分にしてあります。名前も知らない選手の話に、じっと耳を傾けてくれる人はほとんどいません。

 では、どうすれば、多くの人たちに関心を抱いてもらえるのでしょうか。その答えが、誰もが名前や存在を知っている著名人の起用だったのです。それも、自らの努力で実績を挙げ、障害者スポーツを同じスポーツとして深く理解してくれる方であれば、訴求力はアップすると考えたのです。つまり、ナビゲーター役を立てることで、その方たちの力を借り、より多くの人に関心を抱いてもらおうというわけです。これを聞いて、「新しい手法?」と疑問に感じた人も少なくないでしょう。普通のイベントでは、世間の共感を呼んだり、イメージアップにつながるような人たちを起用するのは当然のことですからね。しかし、その当然の手法さえも使えていなかったのが障害者スポーツの現状なのです。

 とはいえ、著名人であれば、誰でもいいかというわけではありません。やはり、障害者スポーツやパラリンピックを理解し、選手たちを同じアスリートとして見ていただける方でなければ、参加者の心には何も響かないでしょう。今回、応援団長・副団長を務めていただく高橋さん、川崎さんは、引き受けていただいた理由を、こんなふうに語っています。

「スポーツから得られる感動、楽しみは万人に共通しています。しかし、パラリンピアンズがスポーツに打ち込む環境、楽しむ環境が整っているとは言えません。私はこれを変えるためにできる限り協力します」(高橋尚子さん)
「僕の子どもの頃の夢は、プロ野球選手になることでした。パラリンピアンズが夢を追いかけてメダルを目指すのも同じこと。だから僕はパラリンピアンズを応援したいと思っています」(川崎憲次郎さん)
 著名で、かつアスリートとして実績のある人からこんな素敵な言葉が出たら、パラリンピアンズの存在がグッと身近に感じ、応援したくなりませんか? この二人の応援が大きなエネルギーとなって、プロジェクトの立ち上げ事業であるこのイベントを成功に導いてくれる。私はそう確信しています。

 さらに、パラリンピアンズに関心を抱いてもらえるよう、恵比寿ガーデンプレイスという、おしゃれなイメージの場所で、しかも通りがかった誰もが参加できるオープンな仕組みにしています。これまで障害者スポーツのイベントというと、会場は障害者スポーツの関係者に馴染みのある場所で、そして集まる人たちは障害者スポーツ関係者がほとんどでした。しかし、それでは障害者スポーツ関係者以外の層にはアプローチすることはできません。バカラのクリスタルガラスのクリスマスイルミネーションなどが有名な恵比寿ガーデンプレイスは東京の人気スポットの一つです。街にはショッピングやデートを楽しむ人たちであふれています。そんなオープンで華やかなイメージのある街でイベントを行なうことによって、障害者スポーツやパラリンピアンズに対するイメージはと変わるはずです。

 一方、パラリンピアンズ自身もこれまでとは視点を変えた取り組みをします。パラリンピアンズは、国や関係機関に対して、厳しい現状を訴え、より良くするために制度や予算について意見を述べたり、陳情したりしてきました。しかし、今回のイベントでは一般の人たちを対象としています。パラリンピアンズ自らが直接、街の人々に呼びかけ、理解を促し、そして寄付を募るのです。自分のことを理解してもらうためには、そして相手を理解するには、やはり直接触れ合うということが何より大切。このイベントを通して、双方の距離が縮められたらと願っています。

 今回のイベントでは、パラリンピックをテーマとしたトークショーや、車椅子バスケットボール、ブラインドサッカーなどの体験会、さらには音楽イベントを行なう予定です。パラリンピックを知っている人もそうでない人も、障害者スポーツに興味を持っている人もそうでない人も、そしてスポーツを好きな人もそうでない人も、ぜひ参加してみてください。そして、これまで福祉やリハビリといったイメージを抱き、遠い存在だと感じていた障害者スポーツを、見て、聞いて、やってみてください。高橋さんや川崎さんと同じく、スポーツが大好きで、世界で活躍したいという思いを胸に努力しているアスリートたちと触れ合ってください。きっと、これまで抱いてきた障害者スポーツ、障害者へのイメージが音をたてて崩れ落ち、新たなイメージが創出されるはずです! 当日会場でお目にかかれるのを楽しみにしています。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。1991年に車椅子陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。11年8月からスタートした「The Road to LONDON」ではロンドンパラリンピックに挑戦するアスリートたちを追っている。