第33回 新プロジェクト「スポーツ車椅子キャラバン隊」
NPO法人STANDでは、これまで障害者スポーツの拡大に向けて、さまざまな事業を行なってきました。大会の模様を伝えるインターネット生中継「モバチュウ」の配信や、障害者スポーツ体験イベントの開催などがそうです。また、スポーツウェブサイト「挑戦者たち」の配信、ロンドンパラリンピックの時期には、「Road to LONDON」をウェブ配信しました。しかし、それらはほとんどが私たちが用意した会場やサイトに来訪してもらうというものでした。最近、それだけでなく、私たちの方から訪れるとことも必要なのではないかという思いが湧いています。それは、ある出来事を耳にしたことがきっかけでした。
ある知人の小学生の子どもは、幼少時代の事故がきっかけで車椅子を使用しています。人一倍好奇心旺盛でスポーツが大好きなその子は、とても活発でやんちゃそのもの。車椅子を器用に動かして、いつも元気いっぱいです。ところがある日、その子が両親の前で泣き始めました。学校でとてもショックなことがあったのです。
その日、小学校に地域の福祉課の職員が来てある授業がありました。車椅子を見せて子どもたちにこう言ったそうです。
「これは車椅子と言って、足が不自由な人たちが乗るものです。車椅子の人たちは、少しの段差でも身動きがとれません。高い所にあるものも自分では取ることができません。かわいそうですね。だからみんなで助けてあげてね」
この職員の言葉は、決して間違ってはいません。確かに、困っている人たちに対して手を差し伸べることは、とても大事ですし、子どもたちの教育にとっては不可欠なことです。事実、車椅子では不自由だったり不便なこともあります。しかし、できないことばかりをクローズアップされて話されたために、自身も車椅子に乗っている子どもにとっては、極めてショックの大きい言葉だったのです。
自分自身でできるものは何でもやりたい、というのは障害の有無に関係なく、子どもなら自然な気持ちですし、それが成長へとつながっていきます。実際、その子は車椅子に乗っていても、少しの段差なら自分で乗り上げることもできるし、もちろん人から助けてもらうこともありますが、自分でできることもたくさんあるし、もっともっと増やそうと努力しているのです。ところが、「車椅子に乗っている人たちはかわいそうだから助けてあげてね」と言われ、自分自身がかわいそうと思われていると感じてしまったのです。
一方、健常の子どもたちも「障害のある人ってかわいそう」「車椅子に乗っている人は、自分一人では何もできない」と思ってしまうかもしれません。それは一見、優しい心を育むことにもなりますが、その反面、健常者と障害者は違うんだ、という考えをも生み出しかねないのです。障害のある人たちとほとんど接することのない子どもたちにとっては、よりその傾向が強くなります。それでは本末転倒です。
“かっこいい”“おもしろい”が意識を変える
その話を聞きながら、私は思いました。「もっと健常の子どもたちに、車椅子でどれだけ楽しいことがたくさんできるかを知ってほしい。障害の有無に関係なく、一緒に遊ぶことができるということを体験してほしい。これまでのようにイベントを開くだけでは、その回数も、参加できる人数にも限りがある。それならば私たちの方から子どもたちのところへ出かけて行って、車椅子でたくさんのことができることを体験してもらおう」と。
そこで今、準備しているのが「スポーツ車椅子キャラバン隊」です。車椅子を持って、小学校を訪問し、子どもたちに体験してもらおうというものです。しかも一般的な車椅子ではなく、見た目も色鮮やかでかっこよく、動きもクルクルと小回りのきく競技用の車椅子というところが、このキャラバン隊の一番の肝です。なぜなら、子ども達にとって競技用車椅子は、遊園地にあるゴーカートのように魅力ある乗り物に映るからです。
ある体験会ではこんなことがありました。健常の子どもたちが順番に車椅子に乗っていた時のこと。会場で自由に自分の車椅子に乗って走り回っている障害のある子どもに対して、ある健常の子どもが「オレたちは順番を待っているのに、アイツはずっと乗っていてズルいよ!」と言い始めたのです。私はその言葉を聞いて、とても驚きました。つまり、健常の子どもは、障害のある子どもに対して、羨ましさを覚えたわけです。「ズルい」と思うほど、その健常の子どもにとって、車椅子は魅力ある乗り物、遊び道具だったのです。
子どもたちにとっては「かっこいい」「おもしろい」と感じることは非常に大切です。そういう感情を抱くだけで、目の前の景色がガラリと変わります。だからこそ、見た目もかっこよく、簡単に操作ができてスピードも出すことのできる競技用車椅子を体験することで、障害者への考え方もきっと変わるはずです。
車椅子に乗って、一緒に鬼ごっこをしたり、テニスやバスケットボールをしたり……。車椅子でこれほど楽しいことができるということがわかれば、その車椅子に乗っている人たちを「かわいそう」と単純には見なくなるはずです。そして、障害の有無に関わらず、「同じ人間なんだ」という意識が芽生え、親近感を持つことができれば、逆に困った人たちを見かけた時、優しい言葉をかけられるようにもなります。
「スポーツ車椅子キャラバン隊」は現在、今年中のスタートを目指して、準備を進めています。障害の有無を超え、遊びを通してノーマライゼーションの芽を育む、そんなプロジェクトを目指しています。STANDの新たな挑戦です。
<伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。1991年に車いす陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。
ある知人の小学生の子どもは、幼少時代の事故がきっかけで車椅子を使用しています。人一倍好奇心旺盛でスポーツが大好きなその子は、とても活発でやんちゃそのもの。車椅子を器用に動かして、いつも元気いっぱいです。ところがある日、その子が両親の前で泣き始めました。学校でとてもショックなことがあったのです。
その日、小学校に地域の福祉課の職員が来てある授業がありました。車椅子を見せて子どもたちにこう言ったそうです。
「これは車椅子と言って、足が不自由な人たちが乗るものです。車椅子の人たちは、少しの段差でも身動きがとれません。高い所にあるものも自分では取ることができません。かわいそうですね。だからみんなで助けてあげてね」
この職員の言葉は、決して間違ってはいません。確かに、困っている人たちに対して手を差し伸べることは、とても大事ですし、子どもたちの教育にとっては不可欠なことです。事実、車椅子では不自由だったり不便なこともあります。しかし、できないことばかりをクローズアップされて話されたために、自身も車椅子に乗っている子どもにとっては、極めてショックの大きい言葉だったのです。
自分自身でできるものは何でもやりたい、というのは障害の有無に関係なく、子どもなら自然な気持ちですし、それが成長へとつながっていきます。実際、その子は車椅子に乗っていても、少しの段差なら自分で乗り上げることもできるし、もちろん人から助けてもらうこともありますが、自分でできることもたくさんあるし、もっともっと増やそうと努力しているのです。ところが、「車椅子に乗っている人たちはかわいそうだから助けてあげてね」と言われ、自分自身がかわいそうと思われていると感じてしまったのです。
一方、健常の子どもたちも「障害のある人ってかわいそう」「車椅子に乗っている人は、自分一人では何もできない」と思ってしまうかもしれません。それは一見、優しい心を育むことにもなりますが、その反面、健常者と障害者は違うんだ、という考えをも生み出しかねないのです。障害のある人たちとほとんど接することのない子どもたちにとっては、よりその傾向が強くなります。それでは本末転倒です。
“かっこいい”“おもしろい”が意識を変える
その話を聞きながら、私は思いました。「もっと健常の子どもたちに、車椅子でどれだけ楽しいことがたくさんできるかを知ってほしい。障害の有無に関係なく、一緒に遊ぶことができるということを体験してほしい。これまでのようにイベントを開くだけでは、その回数も、参加できる人数にも限りがある。それならば私たちの方から子どもたちのところへ出かけて行って、車椅子でたくさんのことができることを体験してもらおう」と。
そこで今、準備しているのが「スポーツ車椅子キャラバン隊」です。車椅子を持って、小学校を訪問し、子どもたちに体験してもらおうというものです。しかも一般的な車椅子ではなく、見た目も色鮮やかでかっこよく、動きもクルクルと小回りのきく競技用の車椅子というところが、このキャラバン隊の一番の肝です。なぜなら、子ども達にとって競技用車椅子は、遊園地にあるゴーカートのように魅力ある乗り物に映るからです。
ある体験会ではこんなことがありました。健常の子どもたちが順番に車椅子に乗っていた時のこと。会場で自由に自分の車椅子に乗って走り回っている障害のある子どもに対して、ある健常の子どもが「オレたちは順番を待っているのに、アイツはずっと乗っていてズルいよ!」と言い始めたのです。私はその言葉を聞いて、とても驚きました。つまり、健常の子どもは、障害のある子どもに対して、羨ましさを覚えたわけです。「ズルい」と思うほど、その健常の子どもにとって、車椅子は魅力ある乗り物、遊び道具だったのです。
子どもたちにとっては「かっこいい」「おもしろい」と感じることは非常に大切です。そういう感情を抱くだけで、目の前の景色がガラリと変わります。だからこそ、見た目もかっこよく、簡単に操作ができてスピードも出すことのできる競技用車椅子を体験することで、障害者への考え方もきっと変わるはずです。
車椅子に乗って、一緒に鬼ごっこをしたり、テニスやバスケットボールをしたり……。車椅子でこれほど楽しいことができるということがわかれば、その車椅子に乗っている人たちを「かわいそう」と単純には見なくなるはずです。そして、障害の有無に関わらず、「同じ人間なんだ」という意識が芽生え、親近感を持つことができれば、逆に困った人たちを見かけた時、優しい言葉をかけられるようにもなります。
「スポーツ車椅子キャラバン隊」は現在、今年中のスタートを目指して、準備を進めています。障害の有無を超え、遊びを通してノーマライゼーションの芽を育む、そんなプロジェクトを目指しています。STANDの新たな挑戦です。
<伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。1991年に車いす陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。