先月、3日間に渡ってネパールで行なわれたアジアパシフィック情報通信会議に参加してきました。会議では南アジアの情報通信における政策やサービスについての意見交換が行なわれました。今回、会議に参加したのは開催国であるネパールのほか、ブータン、バングラデシュなど約10カ国。今やITはビジネスや公共の場のみならず一般の人々の生活の一部となっていますが、南アジア、特に地方や山間部の情報通信環境はまだまだ発展途上です。そこで国の発展にITがどのように役立てるのか、について議論が行なわれました。
 会議の最終日に話し合われたテーマは「アプリケーション&サービスinブロードバンド」。ブロードバンドがつながると、どのようなサービスが可能となるのか、ということについて意見交換が行なわれました。私はそこでITを使って、障害の有無に関係なく、すべての人がスポーツを楽しめるという発想を広めることができること、そしてそれが国の発展につながることを提案する時間をいただきました。 

 スポーツは世界共通の文化であり、国の発展や人々の豊かさを育む有効な手段として認知されています。その代表例であるスポーツの祭典オリンピックの憲章にはこう書かれてあります。

<オリンピズムの目標は、あらゆる場でスポーツを人間の調和のとれた発育に役立てることにある。またその目的は、人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会の確立を奨励することにある。>
<オリンピック・ムーブメントの目的は、いかなる差別をも伴うことなく、友情、連帯、フェアプレーの精神をもって相互に理解しあうオリンピック精神に基づいて行なわれるスポーツを通して青少年を教育することにより、平和でよりよい世界をつくることに貢献することにある。>

 誰もが自由にスポーツをしたり見たりすることのできる社会。それは世界平和の大きな一歩でもあります。そしてブロードバンドは、その実現のための有効なツールになり得るのです。

 スポーツだからこその可能性

 ブロードバンドがつながると、インターネットで世界のさまざまな情報を得ることができるようになります。そのひとつが動画です。ブロードバンドによって動画が見られるようになると、これまで見たことも聞いたこともなかったスポーツをたくさん知ることができます。文字や写真より、動きを伝えることができる動画はスポーツの理解にとても有効です。その中にはパラリンピックに代表されるように、障害があってもできるスポーツがあり、競技によっては世界を目指すことだってできる、そんなことを知るきっかけにもなります。

 今回の会議には、情報通信系の行政や企業の人たちが出席しており、スポーツ関係はひとりもいませんでした。しかし、こうしたスポーツの利点を私が述べると、ほとんどの人が「なるほど、確かにそうですね」とすぐに理解し、納得してくれました。また、「心を動かされた」と共感もしてくれたのです。私は改めてスポーツが世界共通の文化であるということを強く感じました。スポーツはあっという間に国境も言葉も生活習慣も性別も、そして障害の有無をも超えてしまうのです。

 ところが、これまで世の中のほとんどのものは、健康で活動的な成人男子、つまり「Mr.avarage」を基準にして物事がつくられてきました。成人男子の次に、子どもや女子、高齢者、最後に障害者と、段階的に整備されてきたのです。そのために、“バリアをフリーにする”必要が出てきていました。しかし、最初から性別や障害の有無に関係なく、誰に対しても便利なものがつくられれば、バリアはないわけですから、“バリアフリー”という発想自体がなくなるわけです。

 南アジアの情報通信環境は今、大きな発展を遂げようとしています。今後、地方や山間部にも次々とブロードバンドがつながっていきます。その時、まずは健常者向けのコンテンツが紹介され、ひと段落してから障害者向けに、というプロセスを経るのではなく、インターネットがつながった瞬間から、障害の有無に関係なく幅広い情報が得られる環境を構築してほしいのです。

 新しい一歩を踏み出す時、その時こそがノーマライゼーション社会へ進むチャンスです。そして、世界共通の文化であるスポーツはその一助となり得ます。そのことが広く認知されるよう、今後も活動していきます。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。1991年に車いす陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。