2014年は歴史に残るようなビッグファイトは行なわれず、ボクシング界全体がやや盛り上がりに欠けた感は否めなかった。現役最強を欲しいままにするフロイド・メイウェザーも、マルコス・マイダナとの2度の対戦では衰えを隠し切れなかった。ただ、そんな1年の中でも、特筆すべき実績を残した王者、知名度を一気にアップさせたライジングスターは存在する。
(写真:ライトヘビー級のデストロイヤー、コバレフは全階級でも有数の実力者と目されるようになった)
 2014年に最も輝いた選手は誰だったのか。多くの媒体、団体が年末に制定する年間賞発表に先駆け、今回は今年の年間MVPの行方を占ってみたい。

セルゲイ・コバレフ/WBA・IBF・WBO世界ライトヘビー級王者
2014年3戦3勝2KO
セドリック・アグニュウ 7ラウンドKO
ブレイク・カパレロ   2ラウンドTKO
バーナード・ホプキンス 12ラウンド判定

 26戦全勝のアグニュウと19勝無敗1分のカパレロの2人を難なく下すと、11月8日にはホプキンスとの3団体統一戦に勝って、2014年を見事に締めくくった。
 そのホプキンス戦では1ラウンドにダウンを奪い、3人のジャッジがすべてフルマークを付ける圧勝。49歳となった老雄のキャリアの中で、これほど完璧な形で敗れたのはこれが初めてだった。

 最初の2人は無敗とはいえ全米的には無名だっただけに、トータルでの対戦者の質では後出のテレンス・クロフォードにやや劣る。それでも今年度最大級に注目されたホプキンス戦での圧倒的パフォーマンスがゆえ、このロシア出身のパンチャーを2014年最高の選手に推す米メディアは少なくないだろう。

 次は来年3月にカナダで人気者のジャン・パスカルの挑戦を受けることが決定。敵地でのファイトには常にリスクが伴うものだが、パワーだけでなく、技術、安定感、ディフェンス意識を備えたコバレフが攻撃一辺倒のパスカルに不覚を取ることは考え難い。アメリカでも全国区に近づいた通称“クラッシャー”の進撃は、来年以降もしばらくは続きそうだ。


テレンス・クロフォード/WBO世界ライト級王者
2014年3戦3勝1KO
リッキー・バーンズ    12ラウンド判定
ユーリオルキス・ガンボア 9ラウンドKO
レイ・ベルトラン     12ラウンド判定

 ネブラスカ州出身の27歳の攻撃アウトボクサーは、今年1年でスター候補の階段を一気に駆け上がっていった。3月に敵地スコットランドで実績あるバーンズを下して初戴冠を果たすと、6月には年間最高試合級の大激戦の末に無敗のガンボアも撃破。11月29日には実力者の指名挑戦者ベルトランも大差の判定で下し、豊潤の1年に幕をひいた。

 対戦者の質、試合数、試合内容、舞台の大きさといった年間最高選手に必要なすべての要素をクリア。「勝った3人はすべて過大評価された選手」との突っ込みも聞こえてくるが、それでも米メディアから集める年間MVPの票数はコバレフ以上に多いに違いない。

 メガケーブル局HBOの後押しを受け、地元オマハでは抜群の集客力を誇るだけに、近未来も明るい。間もなくスーパーライト級に昇級とも伝えられ、来年中にマニー・パッキャオとの対戦が実現しても驚くべきではないだろう。


マニー・パッキャオ/WBO世界ウェルター級王者
2014年2戦2勝
ティモシー・ブラッドリー 12ラウンド判定
クリス・アルジェリ    12ラウンド判定

 2014年は2戦のみで、そのうちの1試合は格下のアルジェリが相手だっただけに、現実的に年間MVP受賞のチャンスは低い。ただ、パウンド・フォー・パウンド(同一体重だと仮定して)でベスト5に入る強豪同士の対戦となった4月のブラッドリーとの再戦は、レベル的には2014年最高級のファイトだった。その一戦を明白な形で制したパッキャオは、やはり今年度を代表するボクサーとして認められるべきである。
(写真:今年のパッキャオは4月はラスべガス、11月はマカオで試合を行い、両地で存在をアピールした)

 2012年にまさかの2連敗を喫したフィリピンの雄だが、ここ2年の間にブランドン・リオス、ブラッドリー、アルジェリと強豪相手に3連勝。アルジェリ戦では久々に左ストレートの打ち抜きが蘇り、“戦わざるライバル”であり続けてきたメイウェザーとの決戦実現の可能性も再び囁かれ始めている。
 一時は落ちかけた評価を少なからず回復させたという意味でも、2014年はパッキャオにとって意味のある1年だったと言ってよい。


ゲンナディ・ゴロフキン/WBA・WBC世界ミドル級王者(WBCは暫定)
2014年3戦3勝3KO
オサマヌ・アダマ      7ラウンドKO
ダニエル・ギール      3ラウンドTKO
マルコ・アントニオ・ルビオ 2ラウンドTKO

 今年の3戦もすべて難なくストップ勝ちを飾り、中でもギール戦は年間最高KOの候補になるだろう。ただ、ビッグネーム相手の勝利ではないだけに、知名度を上げ続けるゴロフキンも2014年のMVPには推し切れない。
(写真:ゴロフキンの前に立ちはだかる宿敵は来年こそ現れるのか)

 その実力は業界内ですでに高く評価され、人気も急上昇中。あと大ブレイクのために必要なのはビッグファイトの勝利だけ。対戦相手の質が向上するかどうかが、来年度以降の“Fighter of the Year”受賞の鍵になってくる。

 来年2月にモンテカルロで予定される一戦も、相手はスターとは言えないマーティン・マレー。その後も候補となるのはアンディ・リー、デビッド・レミューあたりで、インパクトはもうひとつだ。「強豪は誰も対戦してくれない」というのは、たいてい商品価値の低いボクサーの言葉だが、ゴロフキンは真の意味で恐れられ、避けられる希有な選手になりつつある。

 ビッグファイトのチャンスがあるとすれば、おそらくは来秋。ここでサウル・アルバレス、ミゲール・コットあたりとの対決が実現するかどうか。キャリア晩年のコットはともかく、恐れを知らない“カネロ”アルバレスが名乗りをあげてくれることを期待したいところである。


ローマン・ゴンザレス(WBC世界フライ級王者/2014年4勝4KO)
アムナット・ルエンロン(IBF世界フライ級王者/2014年3戦3勝)
井上尚弥(元WBC世界ライトフライ級王者/2014年2勝2KO)
(写真:ラスべガスで開催された今年のWBC総会では井上の看板も飾られていた)

 今回はアメリカを主戦場とするスターを中心に選んだが、軽量級のアジア選手の中にも素晴らしい実績を残した選手は少なくない。
 破壊的強打を誇るゴンザレスは米国内でもようやく注目を集め始め、マニアの間の新センセーションになりつつある。今年は八重樫東以外の対戦者の質が、もうひとつだったのが残念だった。ただ、2015年にはその試合がHBOで放送されるという噂もあり、知名度的に飛躍のときは近いかもしれない。

 1月にタイ史上最高齢の34歳で世界王座を奪取したアムナットの2014年も特筆されてよい。防衛戦では井岡一翔、マクウィリアムズ・アローヨという実力派を下した戦果は、他の年間MVP候補たちに勝るとも劣らない。

 2014年の井上の戦歴は、12月30日のWBO世界スーパーフライ級王者オマール・ナルバエス戦の結果、内容次第でアムナットをも上回る可能性がある。フライ級王座を16度防衛し、スーパーフライ級王座も11度守ってきた強豪への挑戦は、ボクシングファン垂涎の大一番。この一戦がゆえに、「今年の年間賞の制定は年末まで待つべき」と指摘する関係者が米国内にも存在するのは事実である。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


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