ドーハに雨が降るのは珍しい。
 雨中のサウジアラビア戦。まさに水を得た魚のようにピッチを縦横無尽に駆け抜けてハットトリックを達成したのが2列目の右サイドで今大会初めて先発した岡崎慎司だった。
「激しい試合になると思っていたので、先制点を取れたのはよかった。裏を取りやすい相手だと聞いていたし、いいタイミングで(裏に)出られた。ヤット(遠藤)さんがチラッとこっちを見てくれて、それで(裏に)出て、決めることができました」
 前半9分に奪った岡崎の先制点がチームに勢いをもたらした。遠藤保仁の縦パスに反応して裏に飛び出した岡崎は前に出てきたGKの動きを見てボールを一度浮かしてかわし、冷静に右足で押し込んだ。その4分後には香川真司のクロスに頭で合わせて2点目を奪う。既にグループリーグ敗退の決まっているサウジアラビアのわずかに残っていたモチベーションをここで完全に奪い取り、大差の5−0勝利に導いた。

 試合前日、ミックスゾーンに足を止めた充実そうな岡崎の表情が実に印象的だった。昨夏の南アフリカW杯では先発から落とされて苦悩の淵に立たされていたが、同じサブという立場ながら今の岡崎には迷いなどなかった。
「W杯のときはかなり気持ちで追い詰められていましたけど、今はサッカーをやれること自体が楽しい。この大会ではサブで試合に出られていますし、そういうチャンスをものにして(先発の座を)つかんできたというのもありますから。自分には(裏に)抜けるという特徴がありますけど、今は仕掛けることも意識してやっている。もっとプレーの幅を広げて、自分のスタイルを確立していきたい」
 松井大輔がケガでチームを離れたために巡ってきた先発のチャンスを岡崎はたった一度でものにした。3点目も鮮やかなゴールシーンだった。前田遼一のポストプレーに、岡崎はペナルティーエリアの中央に入ってボールを受け、鋭い反転からの左足シュートでゴールネットを揺らしたのだ。

 一瞬のスピードで裏に抜けるストロングポイントだけでは今の彼を語れない。ドリブルでの果敢な仕掛けもあれば、ポストプレーもこなす。裏に抜ける動き一辺倒ではなく、状況によってプレーを変えることで、また裏への動きを活かせるというわけだ。
 前半44分には前田のスルーに反応して岡崎が香川真司にラストパスを送っている。そして後半6分には、中に絞ってタメをつくって右サイドを上がってくる伊野波雅彦にパスを出して前田の2点目を呼んだ。これまでは味方に使われることで持ち味を発揮していたタイプであったが、今の岡崎は使われるだけでなく、味方を使うことも十二分にこなせている。南アフリカW杯のときと比べれば明らかにプレーの幅を広げており、格段にステップアップしているという印象を受ける。

 この日のハットトリックでA代表通算21得点となり、中山雅史と並んだ。
「どれだけ点を取ろうが、ゴンさんを超えることはできませんよ」
 岡崎はそう言って謙遜したが、中山に勝るとも劣らない存在感が出てきているのは間違いない。闘志、献身的な動き、決定力……、中山の姿とダブることもある。
「代表のなかで、(自分が)やれることを増やしてチャレンジできているのは楽しい」
 雨を吹き飛ばすような岡崎の晴れた表情。
 飽くなき挑戦を続ける岡崎は、まだまだ進化の途中である。

(このレポートは不定期で更新します)

二宮寿朗(にのみや・としお)
 1972年愛媛県生まれ。日本大学法学部卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。格闘技、ボクシング、ラグビー、サッカーなどを担当し、サッカーでは日本代表の試合を数多く取材。06年に退社し「スポーツグラフィック・ナンバー」編集部を経て独立。携帯サイト『二宮清純.com』にて「日本代表特捜レポート」を好評連載中。