(写真:ブルックに苦戦もビッグマッチ実現に追い風が吹きそうなゴロフキン Photo By Will Hart/K2 Promotions)

(写真:ブルックに苦戦もビッグマッチ実現に追い風が吹きそうなゴロフキン Photo By Will Hart/K2 Promotions)

9月10日 ロンドン O2アリーナ

WBC & IBF世界ミドル級タイトルマッチ

 

王者

ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン/34歳/36戦全勝(33KO))

 

5ラウンド終了TKO

 

IBF世界ウェルター級王者

ケル・ブルック(イギリス/30歳/37戦36勝(25KO)1敗)

 

 ピークにいる強豪同士の対戦は往々にして実現しない――。ボクシングマニアはその状況に慣れてしまった感があり、マッチメークの物足りなさがこのスポーツに新しいファンを惹きつける妨げになっているのは事実である。しかし、皮肉な話だが、ミドル級の帝王ゴロフキンが最新の一戦で不出来に終わったことは、近未来の彼を助けるかもしれない。

 

 10日にロンドンで行われたウェルター級王者との最新の防衛戦。ひとまわり身体の小さいブルックを1ラウンドに左フックをぐらつかせたときには、早期決着の予感も漂った。だが、この日のゴロフキンは雑な試合運びと大振りが目立ち、2ラウンドと3ラウンドは相手のパンチを頻繁に受けてしまう。

 

 勝敗自体は疑われるものではなく、結局はパワーと体格差にものを言わせて5ラウンドでストップに持ち込んだ。それでも最近の防衛戦と比べ、質の劣るパフォーマンスだった感は否めない。

 

「ブルックはミドル級選手じゃない。スパーリングみたいなものだったよ」

 リング上でのインタビューではそう言い放ったゴロフキンだったが、自身の採点は10点満点で3点と辛口だった。一部で噂された通りコンディションが悪かったのか。あるいは2階級下のブルックを軽く見ていた部分があったのか。いずれにしても、34歳にしてとどまるところを知らなかった評価の上昇にも、ひとまず歯止めがかかった感がある。

 

 思わぬ苦戦に挑戦希望続々

 

(写真:サウル・“カネロ”・アルバレスも一時はゴロフキンを挑発しながら、結局は対戦を避けた1人 Photo By Tom Hogan/Golden Boy Promotions)

(写真:サウル・“カネロ”・アルバレスも一時はゴロフキンを挑発しながら、結局は対戦を避けた1人 Photo By Tom Hogan/Golden Boy Promotions)

 果たして、出来の悪かったこの試合を終えて、WBA正規王者ダニエル・ジェイコブス(アメリカ)、WBO王者ビリー・ジョー・ソーンダース(イギリス)、ランカーのクリス・ユーバンク・ジュニア(イギリス)らがソーシャルメディア上で次々と最強王者への挑戦希望を表明した。

 

 これまでも多くのファイターが「ゴロフキンと戦いたい」と一応は宣言するが、実際に交渉が始まると何らかの理由をつけて破談に持ち込むのがパターンだった。ただ、商品価値の高い選手がスキを見せた瞬間、周囲にライバルが群がってくるのがこの業界の常套。だとすれば、やや集中力を欠いたブルック戦のあとに、ゴロフキンが望んでいたビッグファイトがスムーズに成立しても驚くべきではないのかもしれない。

 

 特にWBA はスーパー王者のゴロフキン、正規王者のジェイコブスに対し、30日以内の交渉、120日以内の指名戦挙行を義務付けた。このジェイコブスは9月9日にセルジオ・モーラ(アメリカ)との再戦に7ラウンドTKO勝ちし、4度目の防衛に成功したばかり。これでタイトル戦で5連続KO中と、29歳のブルックリナイト(ニューヨークのブルックリンに住む人の愛称)も波に乗っている。

 

 ゴロフキンは11月26日に次のファイトを行いたい意向で、一方のジェイコブスは12月にブルックリンで試合を予定している。試合間隔的にもぴったりくるし、ニューヨークにファンベースを持つジェイコブスとゴロフキンとの対戦なら興行的な成功も間違いない。だとすれば……この一戦が実現すれば、2016年終盤を彩るビッグイベントになるはずである。

 

 ビッグマッチ実現への弊害

 

(モラ戦の圧勝で自信を増したのか、ジェイコブスはこれまで以上にゴロフキン戦へ意欲的なコメントを残している Photo By Andy Samuelson / Premier Boxing Champions)

(写真:モラ戦の圧勝で自信を増したのか、ジェイコブスはこれまで以上にゴロフキン戦へ意欲的なコメントを残している Photo By Andy Samuelson / Premier Boxing Champions)

 もっとも、この楽しみな一戦に向け、大きな懸案が1つ残っている。今も昔もビッグファイト実現の弊害になることが多いテレビの問題だ。

 

 ゴロフキンはプレミアケーブルの雄・HBOと独占契約を結び、基本的に他の放送局で試合をすることは許されていない。一方、ジェイコブスは言わずと知れたアル・ヘイモンの“プレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)”傘下。ここで両サイドに対立構造が生まれてしまう。

 

 ヘイモンは今年に入ってドミニク・ウェイド(アメリカ)、アミア・カーン(イギリス)という傘下選手をHBO興行に“レンタル”してきた。しかし、ジェイコブスはPBCの目玉の1人に成長しつつあり、そんな王者のキャリア最大の一戦の興行権をヘイモンはおいそれとHBOに譲りはしないだろう。

 

 両者の交渉が頓挫し、この指名戦の興行権が入札となった場合、話は余計にややこしくなる。今年度のHBOはボクシングへの経費削減を迫られており、ゴロフキン対ジェイコブス戦にも大金が費やせるかは微妙なところ。一方のPBCも規模縮小は明白だが、それでもこのファイトに勝負をかけて大枚を投入することは十分に考えられる。そんな流れを辿った場合、HBOとゴロフキンは実に難しい判断を迫られることになる。

 

 興行権を巡るバトルにも注目

 

 実は昨年、似たようなシナリオがWBA、IBF、WBO世界ライトヘビー級王者セルゲイ・コバレフ(ロシア)とWBC同級王者アドニス・スティーブンソン(カナダ)の間でも展開された。3団体統一王座にも関わらず、なぜかWBC の指名挑戦者にもなったコバレフとスティーブンソンに対してWBC は入札を指示。しかし、コバレフ陣営はこれまで強力にバックアップしてくれたHBOへの忠誠心を貫き、リスキーな入札を回避した。おかげでコバレフは熱望していた4団体統一戦を実現できなかった。

 

(写真: Photo By Will Hart/K2 Promotions)

(写真:K2プロモーションズのプロモーターであるトム・ローフラーとHBOの交渉に注目が集まる Photo By Will Hart/K2 Promotions)

 そのときとゴロフキン対ジェイコブス戦との違いは、今回の試合挙行を諦めれば、ゴロフキンはすでに持っているWBA王座を失ってしまうことだ。これまでビッグファイトを追い求めると同時に、ミドル級の全団体統一に並々ならぬ執念を燃やしてきたカザフスタンのデストロイヤーが、これを受け入れるとは考え難い。そこにこの興行ゲームの難しさと面白さがある。

 

 HBOとゴロフキン陣営はPBCに敗れることを覚悟で入札に臨むのか。敗れた場合に、1試合限定で目玉商品のゴロフキンをPBCに貸し出すか。あるいはHBOは独占放映にこだわり、4団体統一に執念を燃やすゴロフキンにWBA指名戦を諦めさせるのか。そして、ゴロフキンとその陣営はどんな決断を下すか。

 

 パワーと総合力の高さゆえに、なかなかビッグファイトが実現できなかったミドル級の帝王の前に、今度はビジネスの壁が立ちはだかる。商品価値が高まるにつれて、強豪との対戦をまとめるのはより困難になる。米国のボクシングとはもともとそういう世界だが、特にアメリカ人でもないゴロフキンは、リング外で様々な形で翻弄され続けている感がある。

 

 今後の行方を読むのも実に難しい。まずはゴロフキン対ジェイコブス戦に向け、HBOとヘイモンという業界の大物同士のネゴシエーションと駆け引きに、ファン、関係者の注目が集まることになりそうだ。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

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