16日、ボクシングのダブル世界タイトルマッチがエディオンアリーナ大阪で行われた。WBC世界バンタム級タイトルマッチは王者の山中慎介(帝拳)が挑戦者の同級1位アンセルモ・モレノ(パナマ)との再戦を制し、11度目の防衛を果たした。WBC世界スーパーバンタム級タイトルマッチは同級4位の長谷川穂積(真正)が、王者のウーゴ・ルイス(メキシコ)に9ラウンド終了TKO勝ち。王座を奪取し、3階級制覇を達成した。

 

 “神の眼”を破った“神の左”

 

「前回は苦戦したので今回は危ないと思っていた方もいたと思うんですけど、バチッと見返してやりました」

 王者の山中はリマッチを制し、1年越しの“亡霊”退治に成功した。

 

 2015年9月に東京で対戦した山中とモレノ。ディフェンスの巧いモレノに手を焼き、2-1のスプリットディシジョンでの勝利だった。山中の“神の左”に空を斬らせたモレノの“神の眼”。矛と盾が再びリングで向かい合った。

 

 探り合いだった1年前とは違い、序盤からエンジン全開だ。開始から1分を過ぎると、モレノがワンツーを山中の顔面に当ててラッシュを仕掛ける。山中はこれをなんとか凌ぐと、徐々にパンチを当てていく。2分36秒で、右のボディを狙うモレノにカウンターで左を見舞う。アゴをとらえてモレノを倒した。いきなりダウンを奪って、KO決着を予感させる。

 

 2ラウンド、3ラウンドも互いに距離を詰めての打ち合いとなった。脇を締めてコンパクトに当てる山中と、長い手足を生かした大きな振りのモレノ。僅差の判定に終わった前回の対戦とは打って変わった殴り合いだった。

 

 すると4ラウンド、モレノにダウンを奪われる。ジャブからのワンツー。ツーをかわして返そうとした、山中に右のフックが左頬をとらえた。後ろによろめきながら、バランスを保てず尻餅をつかされた。ラウンド終わりにも、パンチをもらうシーンもあった。

 

 4ラウンド終えての公開採点はジャッジ2人が1ポイント差で山中を支持、1人はドローだった。王者と挑戦者の差はわずか。続く5ラウンドは山中が左を当てれば、モレノも右でグラつかせる。一進一退の攻防が続いた。

 

 ここまでの消耗が激しいのか、モレノからは滝のように汗が流れ落ちる。距離を図りながら山中が左拳を一閃。“亡霊”の異名を持つモレノの顔面を、“神の左”が再びとらえた。汗の飛沫が宙を舞う。モレノはふらついてコーナー際に倒れた。ロープに寄りかかるモレノ。会心の一撃に山中はリング上で左拳を掲げた。

 

 ラッシュを仕掛ける山中に対し、モレノはクリンチで逃げる。このラウンドは倒しきれなかったが、巡ってきたチャンスを王者は逃さない。7ラウンドにじわりじわりと詰めて、モレノをロープ際に追い込んだ。

 

 24秒、山中のワンツーからの左ストレートがモレノを襲う。3度目のダウン。だがモレノもカウント8で立ち上がった。すぐにファイティングポーズを取って戦線に復帰する。WBAバンタム級の王座を12度も防衛したモレノにも元スーパー王者の意地を見た気がした。

 

 依然として山中優位に変わりはない。コーナーに追い込んだ山中はモレノを仕留める。フィニッシュはやはり左ストレート。モレノはストンと尻餅をついた。レフェリーが割って入って試合を止める。7ラウンド1分9秒TKO勝ちで、山中がV11を達成した。

 

 バンタム級最強へと突き進む山中。日本人の連続防衛は歴代2位タイとなり、バンタム級としては長谷川の記録を上回った。

 

 相手の心を折った圧巻の9ラウンド

 

 死に場所ではなく、生きる場所――。負ければ引退の覚悟で臨んだ長谷川は、見事に生き残って見せた。

 

 長谷川にとって2年5カ月ぶりに世界戦。挑んだチャンピオンのルイスは、ここまで32のKO勝ちを収め、KO率は8割を超える危険なファイターだ。王座奪取となった2月の試合では、当時の王者を秒殺で仕留めている。

 

 1ラウンド目から緊張感のある立ち上がり。1分半を過ぎたところで、懐に入ろうとした長谷川の頭が、打ちにいったルイスの鼻付近にヒットした。身長、リーチで劣る長谷川にとって、距離をつめるためには多少潜り込む必要もある。意図しないものではあったかもしれないが、WBCルールにより、長谷川に1ポイントの減点が科された。

 

 3ラウンドでも長谷川の頭とルイスの鼻が衝突する。一旦、試合が止められたが、こちらは減点のないまま試合は再開した。4ラウンドを終了した時点での公開採点は、2人が1ポイント差で王者を支持したが、1人は長谷川の3ポイント支持と割れた。

 

 長谷川は5ラウンド中盤、ロープ際に追い込まれ、ルイスがラッシュを仕掛ける。長谷川は冷静にそれをかわしながらも自らのパンチを当てた。徐々に長谷川の拳がヒットする場面が目立ち始める。6ラウンド開始直後には場内から「穂積」コールが送られた。

 

 このラウンドも優勢に進めた長谷川。7ラウンドにはルイスの額が当たり、長谷川は左まぶたを負傷した。長谷川はレフェリーにバッティングをアピールしたが認められず、試合は進められた。ゴングが鳴った後、映像による判定でルイスに1ポイントの減点となった。

 

 8ラウンドはルイスも回転数を上げていく。このラウンドは両者がバッティングをアピールする場面も見られたが、そのまま続行された。4ラウンドごとの公開採点。2人が挑戦者を支持し、2-1と長谷川が形勢を逆転した。

 

 そして試合が大きく動いたのは9ラウンド。ポイントでは負けている王者がこのまま黙っているわけにはいかない。ルイスの連打を浴び、長谷川の足が止まる。ここぞとばかりにラッシュを仕掛けるルイス。ロープ際に追い込んだ。

 

 ここからの12秒間は濃密な攻防だった。大きく振り回すルイスに対し、長谷川はガードして対処する。相手のパンチを見切ったかのように、空を斬らせつつ、長谷川は相手の顔面に拳を叩き込んだ。先に後ろへ引いたのはルイス。気持ちの面でも完全に優位に立った。ラウンド終了のゴングまでは明らかに王者の勢いは失っていた。

 

 10ラウンド開始のゴングが鳴らされて、長谷川はリング中央に向かう。コーナーで座ったままのルイスは立ち上がる素振りを見せない。レフェリーが長谷川の右手をとった。この瞬間、日本人男子4人目の3階級制覇が達成された。

 

「ここまで長かったです」と振り返った長谷川。35歳9カ月の王座獲得は日本人最年長記録だ。WBC世界フェザー級のベルトを失ってからは5年以上もの月日が経っていた。彼にとっての“生きる場所”は命を懸けて戦うリングだった。

 

 やはり長谷川には緑のベルトが似合う。この日、時折見せたスピードとタイミングの合ったブロー。そして相手の攻撃をかわすディフェンステクニックは全盛期を彷彿とさせるものだった。果たして勝って有終の美とするのか、ここを“生きる場所”に戦い続けるのか。その選択にも注目が集まる。

 

(文/杉浦泰介)