柔道家の篠原信一と言えば、最近ではテレビタレントのイメージが強い。SMAPの中居正広との軽妙なトークは好評で、すっかりお茶の間の人気者だ。
篠原が一躍時の人となったのが、2000年夏のシドニー五輪だ。柔道100キロ超級に出場した篠原は、苦しみながらも決勝に勝ち進む。
相手はフランスのダビド・ドゥイエ。1分半過ぎ、篠原はドゥイエが仕掛けた内股を、見事に内股すかしで切り返した。
このシーンを私は現地の会場、しかも目の前で見ていた。当然、一本勝ちだと思った。ところが「有効」。それも相手のポイントとなっていたので腰も抜かさんばかりに驚いた。誤審も誤審、大誤審だ。
「おいおい、何でだ!? 今のは一本だぞ」
篠原は、そう叫びたかったという。気持ちが整理できないまま、試合終了。控室の片隅でタオルをすっぽりとかぶり、うなだれている大男の姿が忘れられない。
そんな武骨で愚直な時代の篠原を知っているだけに、バラエティー番組での捧腹絶倒のやり取りを見ていると、「本当に同じ人物か?」と目をこすりたくなってしまう。
過日、あるシンポジウムで同席した篠原に16年前の出来事について訊いた。
篠原が口にした“敗因”は意外なものだった。
「本番の3日前に、井上康生と練習をしたんです。これがよくなかった」
100キロ級に出場した井上は、オール1本勝ちでシドニーを制した。なぜ、彼との練習がよくなかったのか。
「あの時の練習で、僕は2回、背負いで投げられた。ガチの練習で投げられたものだから、“オレは調子悪いんだな”と思ってしまった。これが尾を引いたんです」
篠原は、さらに続ける。
「このときの練習場所は狭くて、しかも窓際だった。僕は“後輩にケガをさせちゃいけない”と思って手加減した。
ところが、康生は、人のことなど一切考えずに、無理な体勢からでも技を仕掛けてきた。このくらいの貪欲さがないと五輪で金メダルはとれない。それに比べて、僕は心がピュアな人間。本番では、性格の差が出たんです(笑)」
最後には、こんな裏話も。
「投げられっ放しじゃ、五輪に臨めないと思った僕は康生に“もう1回、やろう”と頼んだ。すると“もう嫌です”と断られてしまった。皆さん、ワガママなヤツじゃないと五輪では勝てないんです」
話にはちゃんとオチがあり、会場は笑いの渦に包まれた。
<この原稿は『漫画ゴラク』2016年11月25日号に掲載されたものです>
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