「くれぐれもマット菌には気をつけるように」

 リングドクター経験のある、お医者様に実戦練習を行なっても良いか相談した時のアドバイスがこれだった。

 

 それに対して僕は「マット菌ですね。選手だった頃には、そんなことを考えたこともありませんでした」と答えた。それが正直な気持ちだった。

 マット菌の正式名称はトンズランス菌。マットなどから感染する皮膚疾患の病気である。確かにリング上は不衛生な場だ。普通の人より免疫力が低い今の自分は、先生がおっしゃる通り十分に気をつける必要があるだろう。

 

「たとえジムの関係者から神経質だと笑われても、練習前にはマットを念入りに掃除してくださいね」

 僕は、先生からの教えを守り、必ず消毒した雑巾で拭き掃除をしてから練習に臨む。それどころか最近はエスカレートして、マスクまで着けてスパーリングを行なう有様だ。さすがに息苦しくつらいが、これがスタミナアップにも役立っている。

 

 MMAのプロ選手であるスパーリングパートナーから「垣原さん、以前と比べてかなり動けていますよ」と褒められると、マット菌対策が良い効果を生んでいると実感する。引退してから長い間、本格的なスパーリングはやっていなかっただけに不器用ながらもついていけている自分が嬉しい。

 

 それにしても現代のMMAの練習方法が体系化されていることに驚く。僕が新弟子の頃に受けていた“ラッパ地獄”(グラウンドの状態で上から張りつき、呼吸もままならない体勢で押し潰される)などは、もはや過去の遺物と化していた。あの時代は強くなれるのに近道などないとばかりにボロ雑巾のようにされたものだったが……。

 

 安全に早く強くなれるカリキュラムがあるからこそ、近年女性のジムへの入会者も多いのかもしれない。

「これなら誰もが最短距離で強くなれますね」

「昭和式の練習しか経験のない僕には新鮮です」

 

 浦島太郎状態の僕は効率化した練習方法に舌を巻いた。やはり底辺を拡大していくには、このように大勢の人たちを取り込んでいけるだけのシステムが必要なのだろう。

 

「根性論を排除し、力に頼らず、将棋のように先を読んで、技を仕掛けていくから頭を物凄く使いますよ」

 スパーリングパートナーの言葉に僕も大きく頷いた。

 

「先を読んで動く習慣が身につけば仕事なんかにも反映されそうだ」。遠ざかっていた格闘技の練習から、とても良い刺激をもらえている。

 

 対人練習は、短い時間でも全身の筋肉をくまなく使うから時間効率も良い点も魅力だ。

「まさに良いことずくめだ。思い切って格闘技の練習を再開して良かった」

 

 現在、入門した頃と全く同じ体重ということもあり、16歳の頃に戻ったかのようなキラキラした自分がいる。

「強くなることだけに目を向けていたあの頃は、とにかくがむしゃらに毎日を過ごしていた」。恐れている病気のことを頭から消し去るには、がむしゃらにぶつかっていく精神が大切だと思う。UWFに熱狂した若き頃のエネルギーを取り戻せば百人力だ。

 

 こうなったら原点回帰である。

 自分のことを応援してくれている皆様にリング上から元気になった姿を見せるには、マイクでのスピーチではなく、がむしゃらに闘っている姿しかない。

 

「復帰戦は、道場のスパーリングのよう形でやれないものだろうか?」

 この時、『UWFキャッチルール』というネーミングがすぐに頭に浮かんだ。打撃は禁止で、ロープエスケープを3回するかギブアップで勝敗がつくルールはどうだろうか?

 

 どんどんイメージが膨らんでいく。

「しかし、果たして打撃がなくて面白い試合などできるのだろうか……」

 これまでの自分は、掌底やキックなど打撃に頼った闘い方をしていたので、レスリングとサブミッションだけで勝負することが正直不安だった。

 

「お客さんの立場に立って真摯に知恵を絞れば、きっと良いアイデアが出ると思いますよ」

 MMAのプロ選手の意見に自信が出てきた。ポジティブに考えよう!

 

 ソフトとハードの両面から工夫すれば、復帰戦を面白くすることが可能に思えてきた。

「よし、このスタイルで勝負しよう!」

『森のプロレス』は、参加型のプロレスを目指している。つまりこの先は、一般の方にも『UWFキャッチルール』にチャレンジしてもらうことも視野に入れているのだ。そのことも考慮すると指が眼に入るなどアクシデントのある打撃攻撃は排除した方がベターかもしれない。

 

 何よりもプロレスラーの原点は、道場での「極めっこ」だ。それに特化しつつもエンタメ色を加えられたら、もっと良いものができるはずだ。本番まではまだ時間がある。それまでに識者や関係者と協議を重ねて、もっと研ぎ澄ませたルールや魅せ方を構築しようと思う。

 

 開催日は3月26日に決定した。場所は前回のコラムで書いたとおり新宿中央公園だ。

 この場所から熱いメッセージを全国に発信できたらと気合いが入っている。

 

 かつてのUWF信者には、この言葉を贈りたい。

「3.26は、新宿中央公園に密航せよ!」

 

(このコーナーは毎月第4金曜日に更新します)

 

 垣原氏のリング復帰となる『森のプロレス』が行われるイベント はこちら

>>Tokyo outside Festival


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