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(写真:柔道場にはこれまでの栄光の歴史が飾られている)

 東京・日本武道館で行われる「全日本学生柔道優勝大会」(全日本学生優勝大会)。66回の歴史を誇る男子は、東海大学が優勝候補の大本命と目されている。山下泰裕、井上康生らオリンピックの金メダリストを多数輩出した名門中の名門である。先鋒、次鋒、五将、中堅、三将、副将、大将の順に戦い、多くの得点(勝ち1点、引き分け0点)を獲得した方が勝者となる大会において、東海大のキーマンはウルフ・アロン(4年)だ。100kg級で世界選手権日本代表にも選ばれているウルフは今シーズンから主将を任され、大黒柱としてチームを牽引する。

 

――今シーズンは主将に任命されました。決定に至る経緯を教えてください。

ウルフ: 在学生と1学年上の先輩たちの投票で決まりました。

 

――選ばれる予感はありましたか?

ウルフ: そうですね。選ばれた時には“しっかりしなくてはダメだな”と気が引き締まりました。

 

――理想とする主将像は?

ウルフ: 僕が1年生の時に主将を務めていた王子谷(剛志)先輩です。王子谷先輩の代では全日本学生優勝大会と全日本学生柔道体重別団体優勝大会の団体戦2冠を達成しました。

 

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(写真:主将として練習中も全体への目配りを欠かさないウルフ)

――王子谷さんはどのようなリーダーシップを?

ウルフ: 誰にでも分け隔てなく接してくれる方でした。僕も誰とでも話すようにして、部員全員とコミュニケーションを取るようにしています。

 

――100人を超える部員がいます。全員というのも大変でしょう。

ウルフ: 多いですね。それでも好き嫌いしないようにみんなと話しています。

 

――それは柔道に限らず?

ウルフ: 他愛もない会話もそうですが、注意する時はきちんと注意する。メリハリはしっかりした方がいいと思っています。

 

――上水研一朗監督からも指導はされますか?

ウルフ: あまり言われないですね。自由にやらせてもらっています。

 

――主将から見て、チームカラーは?

ウルフ: 一色ではない感じはしますね。とはいえ仲が悪いというわけでもありません。いろいろなタイプの選手がいて、ひとつにまとまっているという気がします。

 

――東海大の強さはどこに理由があると思いますか?

ウルフ: 監督から勝負の仕方をミーティングでしっかり教えてもらっています。他の大学と比べても試合運びの部分で巧さを感じます。

 

 心の準備が足りなかった2015年大会

 

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(写真:投げが決まった時の快感は柔道の魅力のひとつ)

――さて、東京大会にはケガのため大事をとって出場しませんでしたが、外からチームを見た印象はいかがでしたか?

ウルフ: 全体的に見ても失点が1つ。隙のないチームになってきているなと感じました。

 

――新チーム初戦としての手応えは?

ウルフ: 全員がしっかり仕事すれば全日本学生優勝大会も優勝できるチームだと思います。

 

――全日本学生優勝大会での目標は?

ウルフ: もちろん優勝です。

 

――ご自身ではどんな役割を果たしたいでしょうか?

ウルフ: 僕は必ず「一本」をとらなければいけない立場です。「一本」を取るだけだと思っています。

 

――個人戦とは違った緊張感があると聞きます。

ウルフ: 個人戦は自分の戦いですが、団体戦は部員全員の戦いになります。プレッシャーもすごくありますが、やりがいという部分もあります。

 

――これまで全日本学生優勝大会は1年生の時から出場されています。一番印象に残った大会は?

ウルフ: やはり2年時の大会(2015年)です。決勝の代表戦に僕が出場して、筑波大学に敗れたことが一番です。団体戦の難しさを味わいました。もう2度とああいう思いはしたくないです。

 

――筑波大との決勝は7人での戦いを終え、2-2のタイスコアでした。代表戦はウルフ選手と筑波大の永瀬貴規選手(当時4年)との対戦です。「指導」の差で敗れ、優勝を逃しました。代表戦での内容に不満が?

ウルフ: そうですね。内容としても心技体が充実していなかったと思っています。心のどこかで代表戦までいかないという考えがありました。心の準備ができていなかった……。

 

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(写真:「4分間攻め続けられるスタミナ」が長所だという)

――永瀬選手は、のちのリオデジャネイロオリンピック銅メダリストではありますが、ウルフ選手にとっては2階級下(81kg級)です。

ウルフ: “負けるかもしれない”という不安はありませんでしたが、決して油断していたわけではないです。それでも心のどこかに隙があったのかもしれません。

 

――この負けを経験したことで柔道家としてひと回り大きくなれましたか?

ウルフ: そうですね。あの日、負けてから個人戦でも結果を残せています。緊張する舞台を経験できたことで、他の試合では慌てずに落ち着いて試合ができるようになったんじゃないかと思います。

 

――2年生の全日本学生優勝大会以降、大きく変わった部分はありますか?

ウルフ: ひとつひとつの稽古やトレーニングを何も考えずに行うのではなく、しっかりと目的を持って取り組むようになりました。例えば背中を鍛える時に柔道でどのように使うかをイメージしながらトレーニングしています。そのことによって、以前よりも柔道にうまくつなげられているのかなと思います。

 

 完成度は近年で一番

 

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(写真:5月の東京学生優勝大会でも落ち着いた様子で試合を見つめる上水監督<右>)

 東海大の上水研一朗監督は就任10年目。過去9年の全日本学生優勝大会で8度の優勝に導いている。唯一優勝を逃した2年前も準優勝。すべて決勝へとコマを進めているのだ。ベンチで戦況を見つめる姿も、冷静沈着である。智将の指導論に迫る――。

 

――先日の東京学生柔道優勝大会後は失点の少なさを評価されていました。改めて大会を振り返ってください。

上水研一朗: あまり細かい準備をせずに東京大会に臨みました。細かいミスや対応できないことが出てくると予想しましたが、思った以上に選手たちは落ち着いて戦えていました。それが失点の少なさにつながったんだと思います。

 

――東京学生優勝大会は新チームにおける最初の団体戦です。

上水: 完成度は比較的高いチームです。今年で監督に就いて10年目ですが、現時点での完成度は一番高いかもしれません。

 

――ウルフ選手など1年生時から主力を務めていた選手が多い印象があります。

上水: そうですね。今年は1年生がメンバーに入っていませんから、2年生以上でチームの約束事の共有はできています。

 

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(写真:「意味のない努力をするな」と合理的な指導を心掛けている)

――全日本学生優勝大会では連覇を狙っていくことになります。優勝を義務付けられている東海大の監督を務めて10年目になりますが、プレッシャーはありますか?

上水: 僕は2年前の8連覇を目指したときの経験があります。それと比べると、今回は“負けられない戦い”という大きなプレッシャーがかかってはいないんですよね。むしろ1回負けたことで見えなかった部分が見えるようになった。それまでは僕自身、肩肘を張ってやっていたところを少し余裕を持って指導できるようになりました。

 

――考え過ぎていた部分もあったと。

上水: そうですね。僕自身のキャパシティがなかった。監督1年目から7連覇ですから、負けた経験がなかったんです。そこが怖さに繋がっていて、年を追うごとにどんどん膨らんでいきました。“いずれは負ける”と思っていても、“負けてはいけない”ということにとらわれていた自分がいたのかなと。正直、8連覇を狙っていた時もやりようはもっとあったような気がしますが、僕がいっぱいいっぱいでした。だから閃かなかったんですね。

 

――2年前、優勝できなかったことによって指導者として成長できたと?

上水: それはありますね。いろいろなことを学びました。

 

 最悪を想定する準備

 

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(写真:上水監督の教え子はリオデジャネイロ五輪3種目でメダルを獲得した)

――全日本学生優勝大会で男子は7人の選手配列が自由です。

上水: 体重別団体では順番が決まっていますが、全日本学生優勝大会は読み合いが出てきます。用兵は監督の腕の見せ所ですね。

 

――キーポイントは?

上水: 準備以外何物でもないですね。選手に口酸っぱく言っているのは「勝ったつもりでいるなよ」と。力のある選手が意識高く持って、稽古に取り組んでいるから優勝できる。それは決してイコールではないんです。それでも勝てない時はあります。不確定要素は誰にも分からない。力がある時の方が危ないという危機感を共有していることの方が、むしろ大事です。例えば大会当日が自分の生涯で最低のパフォーマンスの日かもしれない。それでも勝てる準備さえしておけば負ける確率は下がると思います。

 

――「最悪を想定する」という考え方は、指導者になったばかりの頃から持っていましたか?

上水: 僕が監督になる前に、監督になるための準備を多方面から考えました。僕は井上康生先生や歴代の監督方と比べたら競技実績はなかった。批判的な声も受けながらも結果を出していくためにはどうすべきかを考えて、いろいろな分野の本を読みました。その中でも、最高の戦い方はほとんどない。運だけでもない。準備は最高の戦いをするためのものよりも、最悪負けないという想定の方が、勝率が良いと自分の中で結論付けました。負けないことが大事で、勝つことにとらわれてしまうと隙ができるなと。今はそれを選手に伝えるようにしています。

 

――それは自身の現役時代の体験も生きていますか?

上水: そうですね。最悪な展開をシミュレーションしていると、それが現実になるんです。僕の現役時代を含めても、最高の戦いの方が少ない。むしろ最悪の戦いはたくさんあるんです。

 

 適材適所の指導法

 

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(写真:監督就任前のアメリカ留学が現在の指導に生きている)

――指導者として手応えを掴んだのは何年目でしょうか?

上水: 最初は日々、試行錯誤でした。3、4年目から少しずつ成功例が出るようになってきたんです。僕の指導がはまり、成果を出す選手が出てきたんです。

 

――「監督になりたての頃はおどおどしていた」という記事もあります。最初の方は自信がなかった?

上水: それはおどおどしましたよ。むしろそういった部分がある方が大事だったんじゃないかなと思います。怖さを知りながら指導をしていたということです。怖さを知らずに“オレの指導が正しい”“オレに任せておけば大丈夫”と思っていたら、成果は出なかったような気がします。

 

――指導の中で特に大切にされていることはありますか?

上水: 部員に合った指導を考えることです。現在、男子は119名いますが119通りを考えなければいけません。大変ではありますが、僕自身も勉強しないといけないし成長しないといけない。

 

――119人に合わせた指導法を模索することは簡単ではありません。

上水: きついですよ。監督はいつまでも続けられないかなと思います。

 

――今後はどんな柔道家を育てたいですか?

上水: 自分が理想とする柔道ができる子は120人近くいても2、3人だけです。それ以外は全部違う。その違う柔道の中でいかにその子の適性を見つけていくか。それが僕の大きなテーマでそこからチャンピオンを、目標を達成する選手をつくっていく。しかし、チャンピオンになれるのは一握りです。なれなかったとしても、その課程こそが財産になる。それを社会に出て生かしてほしい。その適材適所の指導法は、僕が目指すべきところだと思うんです。いろいろな形のチャンピオンをつくっていきたいです。

 

 

170620BS11PF(2)ウルフ・アロン プロフィール>

1996年2月25日、東京都生まれ。階級は100kg級。6歳の時に祖父の勧めで講道館にある春日クラブで柔道を始める。東海大浦安高時代は高校選手権、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)などでタイトルを獲得した。東海大入学後は世界ジュニアで3位に入ると、講道館杯は2年時から2連覇中。全日本選抜柔道体重別選手権大会は3年時から2年連続で制した。団体戦も1年時から主力として活躍し、全日本学生優勝大会2度の優勝に貢献。身長181cm。得意技は内股。

 

 

 

 

170620BS11PF(1)上水研一朗(あげみず・けんいちろう)プロフィール>

1974年6月7日、熊本県生まれ。現役時代の階級は95kg超級。小学5年で柔道を始める。東海大相模高から東海大学を経て、同大大学院、ALSOKで活躍した。現役引退後は指導者に転身し、2008年に東海大学柔道部監督に就任すると、2014年まで前人未到の全日本学生優勝大会7連覇に導いた。一昨年に連覇は途切れたものの、昨年優勝旗を奪還した。

 

 

 

 BS11では「全日本学生柔道優勝大会」の模様を6月25日(日)20時から放送します。男子は今回取り上げた東海大の他にも、筑波大学、国士舘大学、明治大学、日本大学ら強豪校が大学団体日本一を目指し、凌ぎを削ります。各大学のプライドを懸けた戦い、団体戦ならではの白熱した雰囲気を是非ご覧ください!


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