全日本学生柔道体重別選手権大会は個人の大学日本一を決める大会だ。今年の大会は9月30日、10月1日の2日間、東京・日本武道館で行われ、男女各7階級で優勝者が誕生した。今回は6月の全日本学生柔道優勝大会で好成績(男子優勝、女子準優勝)を収めた国士舘大学の選手たちを紹介する。

 

「雪辱」の最上級生

 

 全日本学生柔道優勝大会で16年ぶり7度目の優勝を果たした男子は、「雪辱」を今年のテーマに置いていた。昨年度、個人の全日本選手権王者・斉藤立(当時3年)を擁しながら全日本学生柔道優勝大会は決勝、全日本学生柔道体重別団体優勝大会は準々決勝で敗れ、チームとしては無冠に終わっていたからだ。

 

 73kg級の田中裕大(4年)は個人戦でも「雪辱」に燃えていた。大牟田高校で全国高等学校選手権大会優勝、全国高校総合体育大会(インターハイ)準優勝の実績を残して国士舘大に進んだエリート。2年時に全日本ジュニア選手権を優勝、全日本学生柔道体重別選手権でも2位に入った。しかし優勝が期待された3年時の全日本学生柔道体重別選手権は準々決勝で敗れた。

 

 国士舘大の吉永慎也監督は田中を「柔道が巧い選手」と評し、こう続ける。

「柔道勘の良さが光ります。相手に投げられそうになってもうまく身体を動かして自分が覆い被さって回避することができます。身体能力も高く、柔道のセンスがある。しかし、その巧さゆえに自爆してしまうケースがありました。試合では指導を受けることが目立った。私の目には、その巧さが彼自身の首を絞めているように映りました」

 

 チームが歓喜に沸いた6月の全日本学生柔道優勝大会には、校内選考会で同学年の溝依郁人に敗れ、応援席で見守ることしかできなかった。本戦の決勝では2学年下の小田桐美生が4階級上の相手から一本を取る殊勲を立てた。「同じ階級の小田桐が大活躍するのを見て、自分も負けてられないと思いました」と闘争心に火が付いた。吉永監督の目には「同じ階級のライバルの存在で、田中の中に危機感が生まれた。去年よりも稽古をやり込んでいる」と映った。

 

 田中がようやく自信を取り戻したのは、9月の東京都学生柔道体重別選手権で優勝してからだ。

「全日本ジュニアで優勝して以来、(個人戦で)優勝から遠ざかっていました。東京学生が優勝できたことで、やっと自分が戻ってきた。それまで稽古をたくさんし、いろいろな人に話を聞き、考えてきたことが身になったんだと思います」

 

 同期からの刺激

 

 田中と同学年の藤永龍太郎も「雪辱」に燃えていた。高校時代から個人戦で活躍していた田中をエリートとするならば、藤永は雑草タイプ。国士舘高校時代は団体の3冠獲得に貢献したが、個人としての全国タイトルには縁がなかった。

 

 吉永監督は「最初は成長するのに時間がかかるかなと思っていました。3年生になってからグッと伸びてきた」と振り返り、続ける。

「去年の全日本学生優勝大会は準決勝で活躍しましたが、決勝で悔しい負け方をして大会直後、ずっと泣いていた。3年生の経験は大きかったと思います」

 

 その全日本学生優勝大会決勝で先鋒を託されたが、2学年下で、本来の階級も下の天野開斗(当時1年)に技ありを取られて敗れた。昨年の全日本学生柔道体重別選手権大会でも初戦(2回戦)敗退に終わった。

 

 最上級生となり、意識が変わったと本人。

「昨年悔しい思いをしたので“自分たちの代では優勝したい”と気持ちでした。自主的にウエイトトレーニングやラントレ、身体のケアも怠らないようにしました」

 

 吉永監督は今年2月、宮崎・延岡で行われた実業団の名門・旭化成との合同合宿で、藤永に背中を持って攻撃を仕掛けることを禁じた。その狙いは?

「藤永は自分の得意パターンに、はめようとし過ぎるところがあった。それができなかった時に弱さが出てしまう。自分の型にはまらなくても勝てる戦い方を見出して欲しかった。合宿中、本人に『どうだ?』と聞くと、『得意パターンではない技でも、いい(技の)入り方が閃いてきました』と言っていたので、そこで徐々にコツを掴んでいったようです」

 

 ここから藤永は快進撃を見せる。直後に行われた全日本学生柔道Winter Challenge Tournament 2023でオール一本勝ち。6月の全日本学生柔道優勝大会はポイントゲッターとして優勝に貢献した。「斉藤立や高橋翼(4年)が目立つんですけど、陰のエースは藤永でした」と吉永監督。9月の東京都学生体重別選手権も優勝し、全日本学生柔道体重別選手権へとコマを進めた。

 

 個人として初の全国タイトルを狙う全日本学生柔道体重別選手権大会は「優勝しか考えていません」と言い切る。

「プレッシャーを感じることもありましたが、監督から『オマエなら優勝できる』と言っていただいたので、そういう言葉が支えになっています」

 

 田中と藤永は、5年後のオリンピックに照準を合わせる。同級生の斉藤は早々とパリオリンピックの代表に内定した。

「自分が一番上に立っている感覚はない。同級生に講道館杯や全日本を勝っている近藤隼斗や斉藤立がいる。そこに置いていかれないようにしたい」(田中)

「同級生でオリンピック代表になった選手がいる。同じ代の自分たちにとって勇気がもらえた」(藤永)

 

 躍進の立役者

 

 女子は6月の全日本学生柔道優勝大会で30年ぶりの決勝進出を果たした。今年度から指揮を執る山内直人監督は「学生たちがよく頑張ってくれた」と頬を緩ませた。躍進の立役者は63kg級の山口葵良梨(やまぐち・きらり=4年)と78kgの稲葉千皓(いなば・ちひろ=2年)である。

 

 山口は大牟田高校時代からインターハイ、エクサンプロヴァンスジュニア国際大会を制するなど、結果を残していた。国士舘大学に進んだ後も順調に成長している。2年時に全日本ジュニア選手権大会で優勝。シニアの国際大会であるヨーロッパオープン・ワルシャワを制した。3年時の講道館杯では3位に入った。

 

 最上級生になってからも全日本選抜体重別選手権で3位入賞。7月に中国・成都で開催されたFISUワールドユニバーシティゲームズでは63kg級の日本代表として優勝を果たした。山口は団体戦にも出場し、全4試合でポイントを取る活躍で、日本の金メダルに貢献した。

 

 しかし今大会、山口は不安を抱えていた。8月に左足の甲を捻挫。ケガを押して出場した9月3日の東京都学生柔道体重別選手権は初戦(2回戦)で勝利し、全日本学生柔道体重別選手権の出場権を手にしたものの準々決勝を棄権した。それ以来、得意の内股を繰り出すことすらままならない。それでも彼女は全日本学生柔道体重別選手権出場を望んだ。

「山内先生からは『本当に出るのか?』と聞かれましたが、日本武道館という舞台で日本一になれるチャンス。“絶対に日本一になりたい”と思ったので、『絶対に出ます』と、私の気持ちは固まっていました」

 

 実績からすれば、全日本学生柔道体重別選手権大会は優勝候補の筆頭だ。山口は語る。

「山内先生からは古賀稔彦さんがバルセロナオリンピックで、大会直前にヒザを大ケガしながら金メダルを獲得した話をしていただきました。『山口がそういったケースになった時の練習だぞ』と。加えて『負けたらケガのせいにすればいいじゃないか』とも言ってくれたので、すごく気持ちが楽になりました」

 

 無欲の20

 

 その山口が「千皓は私とは全然タイプが違いますが、お互い日本一を目指している。切磋琢磨できる関係だと感じています」と語る後輩が、72kg級の稲葉だ。二つ(釣り手、引き手とも)しっかり持ち、豪快に投げる柔道は、観る者を魅了する。山内監督も「二つ持って技をかけられる。それは柔道で一番大切なこと。78kg級を超越したパワーを持っている。腕だけでなく全身の力がすごいんです」と太鼓判を押す。

 

 全日本学生柔道優勝大会では大将を任され、1階級上の78kg超級の選手とも互角に渡り合った。階級が上の相手にも物怖じしないのは日々の鍛錬の成果だ。男子選手と練習することで、力負けしない柔道を培ってきた。

「78kgの中でもあまり大きくはないので、くっつかれると苦しい。その前に自分の組み手に持っていけるように意識していました」

 

 昨年の全日本学生柔道体重別選手権では3位に入り、「1年生で何もわからない状態で3位になったのは、自分の中ですごく自信になりました」という。今大会は「全国大会は自分より強い人ばかりなので、まずは力を出し切れればいい」と挑戦者の気持ちで臨んだ。

 

 今後について聞くと、「自分がどこまでできるか。力を出し切れるように頑張りたい」という答えが返ってきた。無欲の20歳のさらなる成長が楽しみだ。

 

BS11では今回紹介した4選手が出場の「全日本学生柔道体重別選手権大会」の模様を10月8日(日)19時から放送します。男子の解説はリオデジャネイロ五輪100kg級銅メダリストの羽賀龍之介選手、女子は世界柔道パリ大会金メダリストの佐藤愛子さんが務めます。男女階級別による大学日本一(個人)を決める大会に臨む4年生たちの戦いをお楽しみください!

 

(取材・文/杉浦泰介、写真/大木雄貴)

 

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