時刻表に想を得た鉄道ミステリーは推理小説の王道である。松本清張の代表作『点と線』に出てくる“4分間の見通し”は発車時刻と入線時刻のギャップを突いたものだ。時刻表トリックの最高傑作として知られる。

 

「11秒にこだわったんです」。そう語る環境建築家がいる。マツダスタジアムを設計した仙田満だ。

 

 周知のように新球場は貨物ヤード跡地に建設された。すなわち外野スタンドの後方を山陽新幹線が走る。これを利用しない手はないと仙田は考えた。たとえば下りの場合、新球場は進行方向左側に見える。時間にして、どれくらいか。

 

「計測するとだいたい11秒。新幹線は広島駅に到着する前に減速するから、結構、(球場の中が)のぞけるんですよ」。新幹線の車窓からの見晴らしを考慮してレフトスタンドを低くした。

 

 球場は祝祭的な空間である。ワクワク、ドキドキ、ハラハラ。“のぞき穴”を通して11秒間、非日常の営みに触れた者は、いやが上にも器の中への興味が増す。実際に足を運びたいと考える。新球場は連日、大盛況だ。

 

 こうした構造上の誘導機能を仙田はある日、突然、思いついたわけではない。以下の体験に依る。

「僕は昔、名古屋工業大学で教授をやっていた。新幹線の窓から中日球場(現・ナゴヤ球場)が見えた。あれが大好きだったんです。球場はまちにひらかれてないといけない。元気を喚起するものでなくてはいけない。そのコンセプトは広島でも生かされました」

 

 現在は中日の2軍が本拠地とするナゴヤ球場は東海道新幹線の線路に隣接している。車窓からスコアボードを視認することができる。

 

 1973年10月20日、同球場での中日-阪神戦。引き分け以上で阪神のリーグ優勝が決まる。負ければ甲子園での巨人戦に優勝は持ち越される。

 

 巨人が東京駅を発ったのは14時。その約2時間後に新幹線は球場の横を通過した。「下りだと球場は左側に見える。目に飛び込んできたスコアは中日の4対2、9回表。そこから新大阪までは“希望の列車”だったね」。かつて、巨人OBの黒江透修はそう語った。意気上がる選手たち。2日後、甲子園で阪神に大勝して巨人はV9を達成する。

 

 鉄道ミステリーの向こうを張って、野球に材を取った鉄道ノンフィクションがあってもいい。

 

<この原稿は2017年6月21日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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