ハンドボール女子日本代表に選ばれ、世界選手権やオリンピック予選を経験している塩田沙代。しかし、競技人生のスタートは15歳、高松商業に入学してからだ。“熱心”な勧誘を受けて始めたハンドボールは彼女にとって未知のスポーツだった。地道にコツコツとキャリアを積み上げてきた。

 

愛媛新聞社

 

 

 

 

 小学生時に親しんだスポーツはバドミントン。これは両親が学生時代に全国大会に出場したほどの腕前だったことに起因する。だが両親の練習について行くことはあっても、スポーツ少年団に入るまで熱中してやったというほどではない。塩田は珠算とピアノを習っていた。

 

 母・益(ますみ)によれば、幼少期は「大人しく素直な子でした」という。飛び抜けて運動神経が良かったわけでもない。「ずば抜けて何かができるというわけではなかったです」と塩田。むしろスポーツの才能があったのは2歳上の兄の方だ。塩田にとって、自分が周囲から褒めてもらえるのは珠算だった。抱えきれないほどの賞状やトロフィーを持って帰ることもあった。

 

 母・益の回想――。

「珠算の先生は私も子供の頃から習っていた方なんです。かなり厳しい先生でした。周りが辞めていっても、娘は中学を卒業するまであきらめず続けていました。兄の方が先に始めましたが、いつしか越えていきましたね。何でも経験を重ねて成長していくタイプ。そういう積み重ねが自信になっていったんだと思います」

 塩田にとって、兄に勝てるもの、周囲に認めてもらえるものは珠算だったのだ。

 

 “未知のスポーツ”との出合い

 

 中学入学前で身長は160cmあった。バスケットボール部やハンドボール部などから誘いを受けたが、入ったのはバドミントン部だった。塩田本人によれば県大会レベル。進学先の高松商でバドミントンを続けるつもりはなかった。

 

 塩田が高松商に進学する2004年、同じ時期に赴任してきた教員がいた。女子ハンドボール部を任される田中潤監督だ。田中監督は高松高校で男子ハンドボール部を全国大会に連れて行った実績があり、高松商の女子部でも同様のことを期待されていた。塩田の中学の担任とも現役時代に国民体体育大会のチームメイトとして面識があった。それもあって中学の担任は塩田にハンドボールを勧めたが、彼女は乗り気じゃなかった。

「兄が高松商に通っていたので、部則が厳しく練習もきついことも聞かされていたんです」

 

 ある日、中学の担任から「1回でいいから練習の見学に行きなよ」と言われたタイミングで、高松商に進む同じバドミントン部の友人が「1回行こうと思うんやけど、一緒に行かん?」と誘われた。“しょうがないなぁ”。気持ちは乗らなかったが、ともかく練習を見学することとなった。初めて間近で見るハンドボール。それでも印象は「よくわからんなぁ」と芳しくはなかった。

 

 練習見学後も田中監督の“アプローチ”は続いた。塩田の高校入学時、既に身長170cmあった。だが正直に言ってしまえば、田中監督は塩田たちの才能を買っていたわけではない。当時、高松商の女子ハンドボール部は2、3年生だけでは7、8人しかおらず新入生は喉から手が出るほどほしかったのだ。「言葉巧み」(塩田)に彼女たちは導かれ、塩田を含むバドミントン部出身の3人は入部を決めた。

 

 練習は厳しかったが、人数は少ない分、生徒同士の絆は深かった。素人も自分1人じゃないから耐えられたのだろう。わからないからこそ全てが新鮮だった。「ゼロからスタートだったので、ある程度のところまではできるようにしかならない。だから結構楽しかったですね」と塩田は語る。

 

 初心者たちのために田中監督は練習に相撲を採り入れていた。これには塩田も面を食らったという。“ハンドボールしとるんやけど、相撲って何やろか”。実はフィジカルコンタクトに慣れさせるためのものだった。塩田は「この練習があったおかげで接触プレーにも自然と慣れていきました」と振り返る。

 

 一歩ずつ登った成長の階段

 

 当初はハンドボールの“ハ”の字も知らない彼女だったが、与えられた課題に真摯に取り組んだ。田中監督も「飛び抜けたセンスがあったわけじゃない。ただ塩田は頑張る能力がありました」と証言する。恩師の言葉通り、地道な努力でチームの主力に成長していった。

 

 高校2年時、彼女は全国総合体育大会(インターハイ)に出場する。香川県予選の決勝は県大会3連覇中の香川中央高校が相手だった。高松商は1年前の決勝で、13-25と大敗していた。田中監督によれば「10回やったら2、3回勝てるかどうか」というほど実力差があった。

 

 高松商が勝つとは予想する者は少なかった。だが選手たちは勝つための指導をし、「勝てる」と背中を押す田中監督の言葉を信じた。そして迎えた決勝は塩田の活躍もあって、香川中央に競り勝った。高松商としては4年ぶり、田中監督は指導者として初のインターハイ出場が決まった。「楽しいこともつらいこともみんなで乗り越えてきました。勝った時の感情は今までにないもので、“こんなにうれしいんや”と思ったんです」

 

 結局、インターハイでは初戦で逆転負けを喫した。徐々に戦うステージのレベルを上げてきた塩田と高松商。彼女は更に高い目標を見つめるようになる。高校から始めたハンドボールを卒業後も続ける気持ちになっていた。

 

(第3回につづく)

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塩田沙代(しおた・さよ)プロフィール>

1989年3月21日、香川県生まれ。高松商業入学後からハンドボールを始める。同校で全国高校総合体育大会など全国大会を経験。卒業後、実業団の香川銀行チームハンドに加入した。2010年に日本代表としてアジア競技大会に出場。13年、日本リーグの北國銀行へ移籍。14-15シーズンではプレーオフのMVPを獲得した。同シーズンからベストディフェンダー賞を4年連続で受賞するなど、守備力を高く評価されている。北國銀行では昨シーズンよりキャプテンを務める。ポジションはレフトバック。右利き。身長172cm。

 

(文・写真/杉浦泰介)

 

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