第1回「パリの街角で」

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 リヨンにいた頃、中国の雲南省から来ていた女の子と仲良くなった。少し台湾にいたことのある私にとって、彼女の中国語の発音はとても親しみやすく、中国の他の地方から来ていた子たちの言葉があまりよく聴き取れなかったのに対し、ふしぎと彼女の言っていることはほぼ全て理解することができた。私が「中国語の単語の語尾の“n”と“ng”の聴き分けができないんだ」と言うと、彼女は「私も聴き分けられないよ。私にとっても『人生(ren shen)』と『人参(ren sheng)』は同じ」と笑った。

 

 ある日、今度パリに遊びに行こうと思っていると話したところ、彼女は「私も一緒に行きたい」と言う。「実はパリに会いたい人がいるんだ」とのこと。「パリに友達がいるの?」「そう、まだ会ったことはないんだけれど」「会ったことがない友達?」「うん、もう知り合って十年以上になるんだ」「会ったことがない、十年来の友達? って、どういうこと?」私の頭の上にクエスチョンマークが増えていくのを見て、彼女は話し始めた。

 

 幼い頃から文通しているロシア人の男の子がいるという。そのロシア人の男の子(文通を始めた頃は「男の子」だったけれど、二人とも当時すでに二十代になっていた)を通して、次第にロシアの文化に興味を持ち始めた彼女は、アコーディオンを習ったこともあるという。その男の子がフランスに留学したのを機に、自分もフランス語を習い始め、フランスへ来ることに決めたという。「ということは、私があなたと仲良くなって、今こうして話しているのも、その男の子のおかげというわけだね」と私は思った。

 

 パリに行く直前まで「会った方がいいのかな。やっぱり、このままずっと会わない方がいいのかな。正直わからなくなっちゃった」と逡巡していた彼女だったが、ちゃんと彼と会う約束をとりつけ、私と一緒にパリへ行くことに決めた。どうにかして旅費を抑えたいと計画した私たちは、片道は6時間弱もかかるバスにし、不安になるほど安い宿を取った。夢見心地でパリに降り立った彼女の隣で、私はまるで彼女の用心棒のように、怪しい人に目をつけられないよう周囲に目を光らせることに必死で、荘厳なオペラ座の建物も、彼女という一人の主人公を際立たせる舞台背景の一つにしか見えなかった。

 

 パリに着いた日の夜、ホテルの部屋で、彼女といろんなことを喋りつくした。どんなことを喋ったのかあまり思い出せないけれど、彼女のキラキラと輝く横顔だけは、今でもはっきりと思い出せる。

 

 そして、彼女と彼が初めて出会うその場所に、なぜか完全にストレンジャーでしかない私も居合わせることになった。直前まで、私は別行動でいいから、二人で会った方が良いんじゃない? と言ってみたのだが、私がいた方がかえって落ち着くのだとか。映画の中の決定的瞬間に、いざ飛び込むつもりで、私は向かった。

 

 今でも、二人が初めて出会ったあの瞬間を忘れることはできない。でも、それを私が言葉にしてしまったら、こぼれ落ちてしまうような気がして、どうか、そうっと二人だけのものにしてほしいと思う。

 

 その日の夜、彼女と私は、メトロを乗り継いで、パリ13区にある中華街へ向かった。なんだか二人で大きなプロジェクトでも成し遂げたかのように、不思議な達成感とともに、おいしい中華料理をたらふく食べた。

 

 小さな町で生まれ育ったという彼女にとって、彼の存在は、どんどん外の世界が広がっていく窓のようなものだったのではないかと思う。窓の外に広がる景色を、ただ眺めるだけでなく、自分で掴み取りに行った彼女。やっぱり、その横顔はキラキラと輝いていた。

 

 エッフェル塔も、ルーヴル美術館も、オープンテラスのあるカフェも出てこないパリ。店員さんもお客さんも中国語しか話さない、この街角で、私は初めて、パリに魅せられる人たちの気持ちがわかるような気がした。

 

(この項おわり)

 

今宮ライカ(いまみや・らいか)プロフィール>

日本語学校教師。国際基督教大学卒。ロンドン大学東洋アフリカ研究学院修士課程修了。趣味は世界の絵本作家動向調査。

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