山下叶夢(東洋大学レスリング部/香川県高松市出身)第1回「眩し過ぎたパリでの輝き」
2024年パリオリンピックでレスリング日本代表は男女8種目で金メダルを獲得するなど活躍した。四国勢は男子77kg級の日下尚ら4人が出場し、日下を含む3人が金メダルを胸に飾った。香川県出身の東洋大学レスリング部の山下叶夢(やました・かのん)は複雑な思いで、同じ四国出身のレスラーたちの活躍を見ていた。
同郷で同じ高松レスリングクラブ出身の日下が金メダルを獲得した日、彼女は病院にいた。高校時代から慢性的に痛みを抱えていた左肩を手術したからだ。
「手術が終わって起きたら、ちょうど尚の決勝がテレビでやっていました。それを夜中に見て、優勝したら、すぐ消しました。あの頃は自分の気持ち的にも一番落ちている時でしたから」
かといって、日下の金メダルを祝福していないわけではない。ケガで戦えない自分、昔から知った仲間が活躍する大舞台に立てていない現実。そのもどかしさに耐えられなかったのだ。
それは男子以上に好成績を収めた女子の躍進も手放しでは喜べなかった。4個の金メダルを含む、全6階級で表彰台に上がった。層の厚い代表争いに身を置く1人としては、心中複雑なのだろう。負けず嫌いな彼女に目には、日本勢のメダルラッシュは、時に眩しく映り過ぎる。
肩の手術から約半年後、ジュニアクイーンズカップU23の部決勝のマットに彼女は立っていた。対戦相手はパリオリンピック女子53kg級金メダリストの藤波朱理(日本体育大学)。公式戦140連勝中(当時)の相手にポイントは奪えずテクニカルスペリオリティー(女子は10点差以上が付いた時点で試合終了)で敗れた。藤波との対戦は小学生以来だという。
「昔から点を取ることができなかったし、ずっと強いイメージ」
とはいえパリオリンピック後、山下と同じ57kg級に上げてきた藤波に後塵を拝し続けるわけにはいかない。
「あまり女子選手にはいないタイプ」
山下は現在、大学3年生だ。東洋大入学後は、23年の全日本選手権で3位、翌年の明治杯全日本選抜選手権大会でも3位に入った。U20アジア選手権を連覇するなど国際大会でも結果を残している。ここまでの道程を振り返っての手応えを聞くと、意外な答えが返ってきた。
「結果を出しているように見えるかもしれませんけど、昔、同じクラブだった子たちはもっとすごい結果を出してきた。だから“まだまだ”と思うし、自分がすごいとは全然感じられないです」
性格は負けず嫌い。このままで良しとする気はさらさらない。
山下のレスリングの強みは本人曰く「フィジカル」である。彼女を東洋大で指導するレスリング部の前田翔吾監督はこう評する。
「身体が非常に柔らかい。加えて相撲や柔道を経験していたということもあって、投げ技ができ、上で組み合うこともできる。あまり女子選手にいないタイプだと思います」
前田が異質だと証言する彼女のルーツは生まれ育った香川県高松市にある。冒頭で高松レスリングクラブ出身だと紹介したが、同クラブの監督は山下忍、コーチは山下和代が務める。2人は山下の両親。父と母が指導するレスリングクラブで彼女は競技の基礎を叩き込まれてきたのだった。
(第2回につづく)
<山下叶夢(やました・かのん)プロフィール>
2004年5月11日、香川県高松市出身。レスリングクラブで監督とコーチを務める両親の影響で競技を始める。小学1年生から全国少年少女レスリング選手権大会で5連覇を達成した。高松北中学では全国中学選抜選手権の50kg級で優勝。高松北高校3年時には全国高校総合体育大会57kg級を制した。23年にはクリッパン国際大会の同級で優勝。U20アジア選手権は23年(55kg級)、24年(59kg級)と連覇した。天皇杯全日本選手権で2度(22年=55kg級、23年=57kg級)、明治杯全日本選抜選手権大会が2度(22、24年=いずれも57kg級)身長153cm。趣味はアニメ鑑賞。好きなアーティストは、嵐とちゃんみな。
(文・写真/杉浦泰介)
